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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
235/492

蟒蛇と炒飯

愛及屋烏3






「おい、どけヤクザ。邪魔だ」


午後の陽光が照らす部屋。【宵城】最上階、窓際のカウチソファに寝ている反社会的勢力を城主が渋面(しぶつら)で覗き込む。燈瑩(ヤクザ)は薄く瞼をひらくと含み笑いを返した。


「誰のことよ」

「お前以外いねぇだろ」


言って勢いよく窓を開ける(マオ)。清風、降り注ぐ日差し。燈瑩(トウエイ)は目を細め‘眩しい’と文句をつけると、ゴロンと丸まり太陽に背を向けた。‘どけつってんだろ’と(マオ)がシャーシャー鳴く。ネコちゃん。


「随分だな、テメェにしては」

「そう?そうかもね…ふぁ…」


呆れた様な(マオ)の物言いに欠伸(あくび)と共に返答。


燈瑩(トウエイ)はここ最近、連日【宵城】へ遊びに来ては朝まで飲み明かしていた。この男、強請(ねだ)ればいくらでもドリンクや泡物(シャンパン)を出すくせに飲み方はひたすら紳士的なため、キャスト達は毎晩大喜び。(マオ)としても店が盛り上がり金が回るのは喜ばしくはあるものの。

こんなに燈瑩(こいつ)()む事態は普通は無い、要するに…荒れて(・・・)いる。わかりづらいが。(マオ)はカウチの肘掛けに腰をおろした。


(イツキ)の弟んことか?」


その言葉に燈瑩(トウエイ)は視線を上げて(マオ)を見る。返事のかわりに寝返りをうった。


あの時。裏でちょっかいをかけているのが(シュウ)だと勘付いていた、なのに止め損ねた。読みが甘かったのだ。

もっと熟慮すべきだった。何か打てる手があったはず、違うやり方が、別の結末が───選べたのかも知れないと。そんな後悔が燈瑩(トウエイ)の頭を回る。


また(・・)助けられなかった。


「別にお前のせいじゃねぇだろ。(アイツ)が選んだ道なんだから」


露台の向こう、青空で千切れる雲を数えつつ(マオ)は平坦な声を出す。


「‘結果’なんつーもんは…決まってんだわ、ある程度。自分(テメェ)が決めたことなら自分(テメェ)で責任持つしかねぇの。他人があの時こーしてればあーしてればとか、そしたらどうにか出来たかもなんざ思うのは、自惚(うぬぼ)れだよ」


それはそうだ。手を貸せばなんとかなった、(など)と考えること自体が思い上がりではある。燈瑩(トウエイ)が‘そうね’と呟くと(マオ)はガンッとソファを蹴った。


「うわビックリした!乱暴!」

「んなことよか(イツキ)に飯奢ってやれ、(レン)が新作出してたぜ。あとツレの女紹介したいって」

「ツレの女?」

「そ、吉娃娃(チワワ)にゃもったいねぇ美人。アイツかなり浮かれてて面白(おもしれ)ぇぞ」


(マオ)は小指を立てニヤリとし、ククッと喉を鳴らす。燈瑩(トウエイ)(わず)かに驚いた表情を見せ、それから‘いいね’と()んだ。身体を起こし煙草に火を点ける。ふたくちほど吸って…消した。立ち上がり、部屋のドアとは反対方向へスタスタ移動。(マオ)が片眉を動かす。


「何してんだ」

「あったま痛い。もっかい寝てからにする、てか(マオ)が行く時に起こして」

「あぁ!?つうか何で俺も行くんだよ」

「今日【宵城(みせ)】定休日でしょ」


再び転がる燈瑩(トウエイ)、今度はベッド。‘ソファーからはどいたじゃん’と笑う背中に(マオ)がクッションを投げ付けた。が、それだけ。つまみ出したりは──(アズマ)以外には──しないのだ。先程の台詞だってそうだし、結局食肆(レストラン)にも絶対来る。なんだかんだで面倒見が良くて優しい…燈瑩(トウエイ)がまたクスッと笑えばもうひとつクッションが飛んできた。いい枕。


軽く手をあげ多謝(ありがと)と告げる燈瑩(トウエイ)(マオ)はこのうえなく不機嫌そうに该死(クソが)と吐き捨てた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「うわぁ!ほんとに綺麗な人だぁ!」


大地(ダイチ)の素直な称賛に、美麗(メイリイ)が謝辞を述べつつ控え目に微笑む。


賑わう(レン)食肆(レストラン)、いつもの顔ぶれ。皆さんのお話は伺っていますと美麗(メイリイ)は頭を下げた。大地(ダイチ)も満面の笑みでお辞儀、挨拶を交わす面々の中で(カムラ)だけが妙に緊張している。(マオ)半目(はんめ)でパイプの煙を吐いた。


「饅頭お前いい加減女耐性(それ)何とかしろよ」

「しゃーないやん…どないしょーも…」

「初めまして(カムラ)さん」

「おおきに!!!!」


やたらと大きな声で美麗(メイリイ)に返事をする(カムラ)。緊張。‘花街の()のスカウトどうやってるの’と疑問を投じる(タクミ)へ‘あれは仕事やから’と真顔で回答。堅蔵(かたぞう)


ワイワイする一同を落ち着きない様子で厨房から覗いている(レン)(アズマ)はその肩に後ろから顎を乗せた。


「心配してんの?」

「え、あ、はい…美麗(メイリイ)さん、打ち解けられるかなと…いや余計な心配なのですが…」

「お前も話してきたらいいじゃない。調理、俺がやっとくわよ」

「いいんでしゅか!!!!」

「声デカいね」


(カムラ)かよとツッコむ(アズマ)を尻目に吉娃娃(チワワ)は秒速で駆けていく。入れ替わりで(タクミ)がキッチンへやってきた。


「どしたの(タク)ちゃん」

(おまえ)1人だろ。手伝おうと思って、暇だし」

「ヤダぁ!優しい!ありが───」


礼を言いかけた(アズマ)の横をスルリと抜け、もうひとつ影が厨房へと滑り込む。お玉と中華鍋を颯爽と手に持ち振り返ったのは(イツキ)だ。


「…あれ?(イツキ)も作ってくれる…の?」


言い淀む(アズマ)を気にも留めず、任せろといった雰囲気で凛々しくスタンバイ。(タクミ)が‘(イツキ)も飯作れんだ’などと感心しながら呑気に食材を漁る。(アズマ)は冷や汗をかいた。


今まで数回、(イツキ)に料理を振る舞ってもらった試しがある。日頃の(ねぎら)いだとか面白い香辛料を見付けたからとか、理由は様々だったが結末は毎回同じ。毎回同じというのは───壊滅的なのだ、味が。

どうしてかはわからない。変なモノを入れているわけでもない。ただ壊滅的、それだけ。理由が不明な(ゆえ)に対抗策がなく、なるべく(イツキ)をキッチンに立たせないことで回避してきたのだけれど。


「何作ったらいい?」

「えっ!?あ、えーと、炒飯(チャーハン)かな!」


張り切る(イツキ)に空笑いで依頼する(アズマ)(シュウ)一件(いっけん)からこっち、気を落としていた(イツキ)がせっかく活き活きしている…無下(むげ)に断りたくはない…苦肉の策で炒飯(チャーハン)をオーダー。炒飯(これ)ならもう具材は切ってあるし混ぜて炒めるだけだから大丈夫なはず。うん、大丈夫。

(イツキ)はわかったと了解し、ブンブン鍋を振りはじめた。(タクミ)が‘へー上手じゃん’などと感心しながら呑気に草菇(フクロタケ)を転がす。


着々と出来上がる(イツキ)特製炒飯(チャーハン)(アズマ)は静かにその成り行きを見守った。

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