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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
233/492

沙田柚と令嬢

愛及屋烏2






「しっかし、よく毎週毎週作れるもんだな」

士別三日即更刮目相待みっかあわざればかつもくしてみよですよ」


午後の食肆(レストラン)。【宵城(みせ)】で配るスイーツに新作のゼリーはどうかと打診され味見にきた(マオ)へ、鼻高々に(レン)がドヤる。ウザい。


「師範は(あか)ゼリーと淺藍(みずいろ)ゼリー、どっちの味が好きですか?」

「んー…淺藍(みずいろ)

「やはり!!そちらには沙田柚(ポメロ)をふんだんに使っておりまして爽快な柑橘の香りそして鮮やかな空の色あっこちらは藍啤梨(ブルーベリー)由来ですね下層は弾ける海の波をパチッとなる飴の欠片で表現していて」

「早口だな」


興奮気味に料理の解説をはじめる(レン)(マオ)は適当に聞き流す。お構い無しで捲し立てる吉娃娃(チワワ)


「じゃ淺藍(みずいろ)をレギュラーにしましょうか!美麗(メイリイ)さんもこっちって言ってましたし!」

美麗(メイリイ)?」


(マオ)が眉を上げ、(レン)はハッとした表情のまま固まる。その後ろ、厨房のほうからヒョコッと美麗(メイリイ)が姿を現した。


「お呼びでしょうか?」


(レン)の顔面に浮かぶ‘糟糕(しまった)’の文字、誰だこいつと(マオ)が目線で質問。(レン)はアワアワ叫ぶ。


「バババイトで雇いましたっ!!美麗(メイリイ)しゃんでしゅ!!」



あからさまに嘘だった。



口を一文字(いちもんじ)にしたまま静止、隣の美麗(メイリイ)が困り顔で微笑む。(マオ)は眉間にシワを寄せた。

随分と綺麗な女だ…こんな場所にバイトに来るようにはとても見えない。別に悪い意味ではなく、もっといくらでも割のいい仕事先があるだろうにという話。そしてこの明らかに怪しい(レン)の態度。


「おい。なんかあんならとっとと言っとけ、面倒な事んなる前にな」


返答に窮する(レン)を制して美麗(メイリイ)が口を開く。(レン)さんを責めないで下さいと前置きし、数日前の出会いと身の上話を語りはじめた。


彼女はいくらか良家の出身で、両親は商業でそれなりの富を築いていたものの…ある事業で失敗、美麗(メイリイ)は協力者の富豪へと奉公に出された。ところがいくら融資を受けても経営が上向くことは(つい)ぞなく、周囲からの糾弾に心労も祟り両親は揃って首を括ってしまう。借金を負った美麗(メイリイ)は返済に奔走しどうにか全額を納めるも、その後も延々と仕事(・・)をさせられこき使われていたようだ。


厦門(アモイ)深圳(シンセン)、色々転々としました。どこでもお仕事の内容は同じでしたけれど」


美麗(メイリイ)は愛想良く話すが、仕事というのは───(レン)が気まずそうな顔をする。確かに一晩(ひとばん)…いや数時間単位でも相当良い値がつきそうな(なり)だしな…(マオ)美麗(メイリイ)を見詰める。


スケジュールは過酷、環境は劣悪。同僚の女性達は何人もが死んでしまった。怪我をしたとて病気になったとてお構いなし、金を作れなければさらなる仕打ちを受ける。水商売(この)業界では割とよく聞くストーリー。

今回九龍の富裕層達を相手(・・)にする為に連れて来られたが、隙をついて逃げ出してきたと。


なるほど、所作や口調に品があるのは出自のせいか。パイプの煙を吐く(マオ)


「まぁ…ここに居んのが見つかんなけりゃぁいいけどよ…」


(レン)は落ち着くまで美麗(メイリイ)(かくま)うと決めたらしい。よっぽどのお気に入りでもなければ主人がわざわざ探しにくるという事もないのか?しかしそれ(・・)だというような容姿ではある。仕事の上でも稼ぎ頭のはずだ。


「饅頭に訊いといたほうがいんじゃねーの。上流階級(アッパー)の奴らだろ、情報入れてもらえ」

「了解でしゅっ」


九龍城砦内なら(カムラ)の情報網はかなり有用。上流階級(あちら)の人間が貧困街まで出向くというのは(まれ)だが、この食肆(レストラン)の位置は花街にも寄っている。気を付けるに越したことはない、(マオ)の指示に(レン)は敬礼ポーズ。


美麗(メイリイ)だっけ?いつまで食肆(ここ)居るんだよ」

「ええと…(レン)さんのお手伝いをさせていただいて、恩返しと…幾ばくかのお金を用意出来ましたらすぐに()ちます。なるべくご迷惑はおかけしたくありませんから」

「全っ然迷惑じゃないですよ!!」


(レン)美麗(メイリイ)の言葉尻を噛んだ。彼女は、仲良くしていた友人──梅毒を(わずら)い死んでしまった──が故郷に残してきたという幼年の家族が気に掛かり手助けをしに行こうと考えているらしい。

‘出発するまでは少しだけでも気楽に過ごして欲しい’と美麗(メイリイ)へモゴモゴ伝える(レン)(マオ)は2人を見比べ片頬を吊りあげた。ソワソワしている従業員達から(レン)に送られる生暖かい眼差し…きっと、そういうこと(・・・・・・)なんだろう。本人は気付いていないのかもわからないが。


「いいんじゃねーの。仲良くやれよ」


ガタッと椅子から腰を上げ、(マオ)は伝票も見ずに会計をテーブルに置いた。札束。ギョッとする吉娃娃(チワワ)


「え、多くないですか?」

「気のせいだろ」


宵城(みせ)】開ける時間だから帰るわ、とヒラヒラ手を振り去りゆく背中。(レン)はありがとうございましたと声を飛ばし、美麗(メイリイ)はその耳元で囁いた。


侠気(おとこぎ)のある方ですね、師範さん」

「そうなんです!強くてカッコよくて、僕の憧れです!」


尻尾を振って頷く(レン)美麗(メイリイ)にはポツポツと周りの仲間について話をしていたが、皆には美麗(メイリイ)の存在をなんとはなしに隠していた…トラブルを持ち込むなと怒られるのではないか、という予感がしていたのだ。とりあえず杞憂だったが。

この調子なら紹介しても大丈夫かも。師範が怒らなければ問題ない、他の人は怒らない、っていうか基本師範だけだ怒るのは。閻魔。1人でブツブツ言っている(レン)の横顔を美麗(メイリイ)が覗き込む。


「どうかなさいましたか?」

「え?あ、いえ…あの…今度、お食事会でもしましょう!みんなで!」


パンッと手を叩き明るく提案する(レン)美麗(メイリイ)はニッコリ笑い、是非、と声を弾ませた。



────綺麗。とっても。



奥床しげで(しと)やか、周りには居ないタイプ。いわゆる‘令嬢’というやつだろうか。

店の手伝いから家事全般をなんでも(こな)してくれる。先日うっかり破いてしまったエプロンも縫ってもらった。(レン)自身や(アズマ)もそのあたりは得意とするところだけれど、美麗(メイリイ)のような妙齢の女性が家庭的な用事をしている姿は、何と言うか…新鮮だった。


目尻を下げる美麗(メイリイ)


「皆さんとお話出来るの、楽しみです」

「そうですね!(イツキ)さんも強くてカッコいいし燈瑩(トウエイ)さんも強くてカッコいいし(タクミ)さんも強くてカッコいい…し…」


返答しつつ(レン)は頭を(ひね)る。あれ?みんな強くてカッコいいな?参った。そして僕の語彙力は乏しい。他の紹介は───ハッと思い付き発言。


(カムラ)さんと(アズマ)さんは、強くないけど優しいでしゅ!」


…なんだかうっすらとディスってしまった。違う、決してそういうつもりではなく…急いで‘大地(ダイチ)君は可愛いし優しい’と補足するも、バリエーションになんら差はみられず。美麗(メイリイ)はウンウン唸る(レン)に微笑みかける。


(レン)さんも、とても素敵ですよ」

「へぁっ!?」


急に褒められ変な声が出た。相変わらずニコニコしている美麗(メイリイ)へ、特に気の利いた台詞も言えず、(レン)は赤らむ頬を膨らませ頷いた。

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