表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
229/492

憧憬と定離・後

倶会一処20







弾丸が貫いたのは(シュウ)だった。


(イツキ)が咄嗟に抱き止めた背──だけではなく胸や、口元も──から血が流れ出して、互いの服を鮮やかな朱色に変える。


再び発砲音がし(イツキ)はそちらに顔を向けた。倒れ込むマフィア達と銃を構えている燈瑩(トウエイ)。離れた場所に(タクミ)の姿もある。

燈瑩(トウエイ)は一瞬(イツキ)へと目線を寄越して、眉間に(しわ)を寄せ小さく舌打ちをした。恐らく間に合わなかったことに対する自責の念からだろう。(イツキ)は軽く首を横に振った。

燈瑩(トウエイ)のせいじゃない、俺のせいだ。俺が注意を怠ったから。周りを見ていなかったから。集中力を切らしたから。俺が────…


(シュウ)(イツキ)のシャツの裾を引く。震える指。


「っ、(シュウ)…」


名前を呼ぶ自分の声が上擦っているのがわかった。戸惑い、いやそれより、もう理解してしまっているからだ。助ける事は難しいと。傷の具合、出血の状況…手遅れ(・・・)。悲観的な単語が(イツキ)の頭を占めていく。

どうしてだ?今、(ようや)くわかりかけたのに。(シュウ)の手を掴みかけたのに。どうにかならないのか?どうにか、どうにか───…


「お兄ちゃん」


薄く掠れた呟き。(イツキ)は何かを伝えようとする(シュウ)の口元を注視した。聞き取れないほどに弱々しく、やっとの思いで紡がれたのは。


「僕…」





───ただ、認めて欲しかっただけなのに。





認めてもらえなかった。産まれたときから、誰にも。裏路地で独り過ごし。月が昇る度に次の朝日を拝めるのかもわからず。家族を、世の中を、全てを憎み。どんな手段を使ってでものし上がってやると誓って、何もかもを踏み台にして…そうして証明してきた。力をつけ富を築き皆を畏怖させ。自分を(あざけ)り笑ってきた連中に。自分を捨てた【黑龍】に。居場所が無かったこの世界に、自分を───認めさせる。それだけが存在意義だった。

だから(イツキ)(ねた)んだ。持っていた癖に放り出した、そして放り出した癖に(なお)手にしている。腹が立った。腹が立って腹が立って────



少し、憧れた。



けれど…(シュウ)だって手にしていたはずだ。考えつつ(イツキ)(シュウ)の唇の血を指で拭う。

これまで過ごしてきた日々の中で。造り上げてきた物の中で。(ロク)のこともそうだ。(シュウ)(わずら)わしく思い斬り捨ててきた数多(あまた)の中に、かけがえのないモノはきっとあった。

しかし、それを言ったところで現状はもはやどうしようもなく。今更(シュウ)(いさ)めたとて仕方がない。もっと早くにするべきだったのだ、もっと気付いてもっと向き合って、もっと。


(イツキ)は目を細め、(シュウ)の瞳を見つめた。掛けるべき言葉。(シュウ)に伝えられる言葉。善や悪や、白や黒や、正しいか間違いかなど、九龍(ここ)では誰にも決められない。でも────




「俺は…………認めてたよ。ずっと」




はじめから。




(シュウ)、すごいね’。初めて会った日のセリフ。褒めた気持ちには嘘も偽りも無かった、本当に思った。逆境を物ともせず前を向く姿勢。計算高く賢く、クレバーなところ。自分には出来ないと口にした(イツキ)(シュウ)は世辞だと感じて聞き流したかも知れないが、本当に、そう思ったのだ。



(シュウ)が瞼を見開き、目尻を下げ、涙ぐむ双眸で(かす)かに()んだ。()んで────




袖を引いていた手が静かに地面に落ちる。




その拍子に、(シュウ)のポケットから四角い小箱が転がった。少し潰れたパッケージ。



(ロク)の煙草。



どうして持っていたのかなんて、考えるまでもなかった。(イツキ)(シュウ)を抱き寄せ肩口に顔を埋める。温かい。


「…(シュウ)


そっと髪を撫でて頬を寄せる。まだ温かい。温かい、のに。





段々と白くなり重さを失っていく身体。




喧騒が()み夜が静けさを取り戻しても───(イツキ)(シュウ)を両手に抱いたまま、いつまでも、そこにうずくまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ