合言葉と焦燥
倶会一処18
啟德外れ、倉庫街、一帯を囲うフェンスの切れ目。同じくフェンスで作られた開閉式の門を、通りの奥から眺める3人。
「入り口ここしかねぇの?」
「メインはそうね…どの建物かわかんないし手前から見てけばいいかなって」
ヒソヒソ問い掛ける匠に燈瑩が指を回しながら答えた。新旧倉庫が乱立した街区、取り引きが行われる棟までは絞りきれず…なのでさしあたり手前から順に当たってみよう、というプラン。
扉のそばには門番風の男達が陣取っている、どこかのグループのメンバーか。樹が首を傾けた。
「門番どうする?」
「こっから行くのが良さそうなんだろ、なぁ燈瑩?」
「地図的にはね」
「じゃ聞いてみようぜ」
言うなりスタスタ入り口へ歩を進める匠。
「悪ぃ悪ぃ!遅れた!」
片手を上げて挨拶。ラフ。樹と燈瑩も後ろをついていく。どこのグループの人間なのかを訊ねてきた男達に、匠はケロッとした顔で【東風】と即答。樹は燈瑩が俯いて笑いを噛み殺しているのを視界の隅に認めた。倉庫を顎で示す匠。
「宗って名前の龍頭が中に居るだろ?俺ら、九龍で世話になってさぁ」
好意的とも敵対しているともとれる言い方。これならこいつらの腹も探れる、宗のチームに肩入れしているならプラスの反応、そうでなければマイナスの反応が返ってくるはず。
「あぁ、お前らも片付けに来たのか」
思い付いたように発する男───マイナスの反応。樹が眉根を寄せた。
「片付けに?」
「始末する手筈だろ」
男は‘お前らみたく被害こうむったチンピラが集まっているんだ’と嗤う。とはいえ上の情報によればそれなりの数のグループ、宗達のためだけに集結する人数ではない。各々、秘匿した思惑があるのだろう…これは様々なマフィア同士で派手な殺り合いになるかも。
「で、どの建物?」
「その前に」
質問を投げる匠へ男が銃を突き付ける。
「言えよ。合言葉」
え?そんなのあんの…なんかダサいな…そう考えたのが匠の雰囲気に表れて、また燈瑩は俯き笑いを噛み殺した。2回目。特に気が付いた様子もなく返答を急かす男達へ、匠はゆっくり唇を開く。
「合言葉ね。合言葉は────‘我唔知道’」
言い終わる前に燈瑩の照準が男の額を捉えた。間髪入れず発砲、即座に樹も片割れを蹴倒す。燈瑩は樹の足下に転がる男の顔面へ銃口を押し当て、抑揚無く借問。
「どこにいる?」
西源四期倉庫…返答するやいなやパンッと軽い銃声がし男の頭は破裂、飛び散る赤や黄や透明な液体。男が死ぬ間際、えっ?口を割ったのに?という表情をした気がして、樹はこの感じ前にも見たことあるなと思った。
「うわ、容赦無っ」
「吐けば助けるって言ってないし」
呟く匠へ笑む燈瑩。非常に秀麗───頬にかかっている返り血にさえ目を瞑れば。
と、複数人の叫び声。遠くのほうから向かってくる影、騒音のせいで仲間がやってきたのだろう。燈瑩はピストルを振って樹に目的地へ向かうよう促す。樹はこの場を燈瑩に任せ匠と共に西源四期へと駆け出した。
建物の名前を確認しつつ夜道を走り抜ける。東正三期、東安一期、もっと先か。暫く進むとようやく壁に西源の文字。二期三期、あと少し…差し掛かった広場から聞こえる話し声。物陰から覗くとたむろしているチンピラ達が見えた。
「倒さねーと通れねーかなぁ。突っ切りてぇもんな、ここ」
「ん…ごめん匠…」
「何が?来るって決めたの俺だし。それに、お前らほど強くないけど弱ぇっつーこともないと思うよ。東よりは───」
な!と言い放つと同時に匠は正面に積み上がるドラム缶に手をついて飛び越し、向こう側にいた男の後頭部へと蹴りを喰らわせた。隣に立っていたチンピラが慌てて振り返るも鼻っ柱に樹の靴の裏がめり込む。そのまま踏み潰して着地、樹はパッと周囲を見渡す。あと6人で3人は銃…武器持ちの奴らから沈めるか?結論づけるより先に数発の発砲音。今しがた伸した男からピストルを拝借した匠が、拳銃を構えかけた連中を素早く2人ほど撃っていた。
倒れ込む男達を横目に樹はコンテナを駆け上がり、匠へ狙いを定めようとしていた最後の1人の肩へ両足を乗せると頭を掴み180度回す。ゴキッと鈍い音。崩れ落ちる男の手から銃を奪い匠へと投げた、これで残りの輩は丸腰。受け取った匠が‘行け’と合図、樹は肯き、すぐさま再び駆け出した。
埠頭の端、離れてポツンと建つ倉庫。表記は西源四期。ここだ。次いで樹の耳にパララッと連続した銃声が入った。怒号と喧囂───もう始まっている。
地を踏む足に力を込めた。勝手にこもった、のほうが正しいかも知れない…自分の焦燥に気が付く。
焦るなんて。あまり無い感情だった。
ピッチを上げて入り口へ走り、扉へ手をかけ思い切り引っ張る。開かない。施錠?バリケード?とにかく他の経路は────キョロキョロと首を動かし上を見ると、いくつかの窓があった。適当な出っ張りを取っかかりに外壁を登って内側を覗き込む。
争っているのは、ザッと20人…既に倒れている者も含めれば30人以上…混戦。そしてその片隅に宗の姿を発見した樹は、ガラスを破り抗争に乱入した。




