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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
224/492

艶羨とニコチン・前

倶会一処15






雨の続く九龍。この時期は集中的な雷雨が多く砦のあちこちで水害が起こり、城塞福利はメンテナンスにてんやわんや。


「でね。(チャン)のとこからこれ買ってきた訳よ」

「おっ前…こんなん混ぜモンしか入ってねぇだろ…」

「んな事ないわよ!封緘紙(ふうかんし)取れてないし!」

「あっそぉ…」


(アズマ)が取り出した酒瓶を苦い表情で受け取る(マオ)。本日の【東風】はいつものメンツ、ほんの何日か(あいだ)が空いただけなのになぜか妙に懐かしい感じがして、(イツキ)は椅子の背もたれに寄りかかり深呼吸をした。


このほど街では‘雨水商売’で小銭を稼ぐ奴らが増加。城塞福利がインフラ整備にまごついているうちに、一部の人間はここぞとばかりにお手製パイプで各建物へ水を流したりポリタンクに貯めて運んだりして販売しせっせと利益を上げている。(チャン)も機を見逃さず儲けをだし、その金を元手に転売用の掘り出し物老酒を仕入れてきたクチで、(アズマ)に飲まないかとの打診があった。ちなみに(チャン)(アズマ)健全な(・・・)客である。購入品はもっぱら漢方、更年期の冷えに効く。


(マオ)は酒瓶の栓を抜くと中を覗き、薫りを嗅いで、瓶を傾けゴクゴクいった。渋った割には躊躇いが無い。匂いで判断したのか?野生。


「で、本題これじゃねぇだろ」


ひと息で3割ほど中身を減らした(マオ)が、瓶をユラユラさせながら発言。(カムラ)は切り出しづらそうにチラリと(イツキ)を見た。本題とは…(シュウ)について。

(シュウ)は【東風】や食肆(レストラン)には現れなくなったけれど、(イツキ)とだけは頻繁に顔を合わせている。それを聞いていた(カムラ)としてはどう伝えるかを悩んだが───手段なんて多くはないのだ。一拍(いっぱく)置いて、話し始めた。


「えっとな…あれからまた色々調べててん。(あのこ)、やっぱ花街のほうにもコナかけとったみたいやんな。【宵城】には(なん)もせんかったっぽいけど」


しなかった、というより、(マオ)(ふところ)に入れなかった。皇家(ロイヤル)の件もしかり。(イツキ)の弟としては可愛がっていた、さりとてビジネスでは一線を引いていたのだ。余談だが、香港にいた皇家(ロイヤル)の残党達は壊滅した。何の変哲もない(・・・・・・・)チンピラ共の手によって。


壁際で煙草をふかしていた燈瑩(トウエイ)が口を開く。


(ロク)君と(アズマ)が揉めた半グレいたじゃない?あれ、あの時…薄扶林(ポックフーラム)じゃなくて柴灣(チャイワン)の方の奴らだってわかってたんだけど、聞いてみたんだよね。そしたら(シュウ)君、鴨脷洲(アプレイチャウ)って答えたでしょ?全然違う場所。俺がカマかけてるのに気付いたんだよ、(さと)い子だね」


その時点で既に、(シュウ)は様々な方面から九龍へ手を回していたということ。燈瑩(トウエイ)は水面下で状況が動いているのに気が付き裏で色々と対策を講じていたようだ。‘100%(シュウ)君がやってるって確信はなかったけど’と眉を下げる。


「ほんで、あの倉庫の抗争、(ロク)が勝っとったらしいわ。火事ん前に決着ついとったって」

「ん?何でわかったんだよ」

「1人、上手いこと逃げよった奴()ってな。そいつ捕まえて聞いてん」


(タクミ)が挟んだ疑問に(カムラ)は肩を竦める。(イツキ)(カムラ)へ視線を向けた。話がおかしい。そうなると───…


「え、じゃあ…誰が(ロク)のこと、その…」


言葉を濁す大地(ダイチ)(カムラ)は説明を続ける。


「最後、誰かが倉庫に入ってきよったんて。逃げよった奴は(ロク)がそっちに気ぃ取られとる隙に尻尾巻いてんから、よぉ見とらんらしいけど…知り合いっぽかったちゅうて」


知り合い。(ロク)が、油断をするような。


「それが犯人なの?ほんとにその逃げてた人じゃないの?」

「うん、逃げた人は違う」


大地(ダイチ)の問いに笑顔を返す燈瑩(トウエイ)大地(ダイチ)は単に納得していたが、まぁつまり、本当に違うと確信が持てるまで訊いた(・・・)ということ。訊いたというのは────(カムラ)が咳払いをして話を戻した。


「でな。(ロク)の前にも、(シュウ)の右腕っぽい人間は()ったわけやん。そいつどないなってんかな思て香港のほう探ってん」


(ロク)の前任のナンバー2はどこへ行ったのか?ナンバー3に格下げ、なら平和だったが、当たり前にそんなはずは無く。(カムラ)はそこで言葉を区切ったものの次の句は明白だった。短い沈黙が流れ、そして。




(シュウ)だろ」




(マオ)が核心を突いた。


「全部片付いたから(ロク)()ったんだろ。それしかねぇじゃねーか」


ほとんど空になった酒瓶をテーブルに置く。コンッ、と軽い音がした。(イツキ)は顔の前で組んでいた両手をほどき髪をかき上げ、(うつむ)くと、細い溜め息を吐く。それから押し出すように発した。


「…俺、訊いてみる。(シュウ)に直接」


そんな必要性は正直無い、答えは出ているのだから。されど(シュウ)から聞きたかった。そうだとしても、そうでなかった──希望的観測なことは百も承知──としても。とにかく。

けれどもはや…(シュウ)の居場所を九龍(ここ)に作るのは難しいんじゃないか?いつ寝首を掻かれるかわからないなんて状況を受け入れる物好きは居ない。

(イツキ)は壁の時計を見た。今日も(シュウ)と会う約束がある。まだ待ち合わせの時間には早いが…考えていると、(マオ)が再度テーブルをコンコン叩いた。


「ゴチャゴチャ悩むなって。(あと)んことは(あと)で考えろよ。(シュウ)がどうでも、俺らは別に変わんねぇから」


(おまえ)の好きにしろ、そう言って(マオ)は残りの酒を(あお)る。突き放している訳では無い、言い方はぶっきらぼうだが、(イツキ)の選択を尊重するという意味だ。


「ほら、とっとと行ってこい。もしも(ちが)ぇやそれで萬歲(バンザイ)だしな」


(アズマ)も、そして(カムラ)(イツキ)の背を叩いた。大地(ダイチ)は頷き燈瑩(トウエイ)()んで、(タクミ)が軽く手を振る。(イツキ)はありがとうと小さく返し、雨に煙る城塞へと足を踏み出した。

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