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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
223/492

成り行きと不自然

倶会一処14






煙草の灰を落としつつポツポツ話す(タクミ)


まず、食肆(レストラン)に誘おうと(ネイ)(ロク)へ電話をかけたら(シュウ)が出て、訃報を知らされた。

(タクミ)がかけてもやはり(シュウ)が出たのでそのまま詳細を尋ねれば、数日前の事件当時、(シュウ)は家に携帯を忘れて行った(ロク)を探している最中だったらしい。そして(ロク)が抗争で承豐道倉庫街に居ることと、そこで火事が発生したとの情報を得る。(シュウ)はすぐに現場へ向かったが炎の勢いは激しく、到着した頃には既に木造の倉庫は跡形もなく燃えてしまっていた…というのが成り行き。その火災の噂は(タクミ)も耳にしていたが。

(シュウ)は落ち着き払った口調で淡々と状況説明をし、‘ゴタゴタが収まったら連絡を入れるとお兄ちゃんに伝えて欲しい’との言付(ことづ)けを(タクミ)に預けた。(タクミ)はとりあえず(ネイ)食肆(レストラン)まで送り、(レン)に世話を任せるとギターを取って【東風】へ。それがここまでの流れ。


(アズマ)(イツキ)も無言で(タクミ)を見詰める。


(イツキ)微信(チャット)を開いた。(シュウ)からの通知は無し。迷って、〈待ってる〉とだけ、メッセージを送った。その手で(カムラ)にコール。あらましを告げると、(カムラ)は事実関係を調べ折り返すとの返答。


(シュウ)の所へ駆け付けるべきか?いや、‘連絡する’と言われたんだから待っているべきか。その為にメッセージを送ったんだろ?でも、そうはいっても、アクションを起こした方がいいのかな。迷惑か。参った、わからない。(イツキ)は頬杖をつく。


わからないんだ、こういうとき…どうすればいいのかが。(マオ)ならどうするんだろう。燈瑩(トウエイ)ならどうするんだろう。(ロク)なら───どうしたんだろう。


難しい顔をしている(イツキ)の肩を(アズマ)が叩いた。


「待っててあげたらいいんじゃない」


柔らかく言って、首を(かたむ)ける。正解はわからない。だったら、確かに相手の要望に応えることが最善だろう。(イツキ)は液晶のスクリーンに視線を落としたまま、小さく頷いた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






夜になり、珍しく家主達以外に誰も居ない【東風】。


(イツキ)の携帯が鳴った。表示は(カムラ)。ツテを使い色々と確認したところ、倉庫街の喧嘩はやはり(ロク)…火事での焼失も(タクミ)が聞いた通り。抗争相手は最近、界隈で規模が縮小(・・)していたグループ。人数はそれなりに居たらしいが。まだいくつか気になる点があるので、纏まり次第また報告するとの話だった。


電話を切った(イツキ)(アズマ)に仔細を伝える。(アズマ)は‘そっか’と悲しげに答えたあと、しかし、腕を組んで少し唸った。

敵側に人数がいたとて、なんとなく…真っ向勝負で(ロク)が負けたとは考えにくかったからである。ならば、火災が原因で命を落とした?それもしっくりこない。別の何かではないのか?(ロク)が、油断をするような───何か。と、続けざまに(イツキ)の液晶画面が光る。微信(チャット)


(シュウ)だ。


予想より早い連絡。〈お兄ちゃんどこ?誰かと一緒?〉とのメッセージに、(イツキ)は急いで〈家。(アズマ)だけ。〉と返した。返してから端的過ぎたかと一瞬悩むも、そんな事は全く気にしていない(シュウ)より〈今から行っていい?〉とレスポンス。〈待ってる〉と返信したあと、先程も同じ文面を送ったのを思い出し文言のバリエーションの乏しさを若干反省する(イツキ)。もっと上手く喋れたらいいのに…申し訳程度の絵文字をプラスした。


程なくしてやってきた(シュウ)の手にはテイクアウェイの紙袋。‘新しいお店オープンしてた’と言いテーブルに食べ物を並べる。


態度は普通。至って、普通。


茶を淹れようとした(アズマ)を制し(イツキ)がキッチンへ立った。(シュウ)に気を遣っているようだ、世話を焼いてやりたいらしい。料理のパックを開ける(シュウ)へ控え目に声を掛ける(アズマ)


「あの…聞いたけど。(ロク)のこと」

「あぁ、うん。そうなんだよね。みんな何か言ってた?」

「え?えっと…(シュウ)どうしてる?とか…」


ふぅんと答える(シュウ)


いや、というか、‘そうなんだよね。’とは?あまりにもサラリとしている反応に、思わず疑問が(アズマ)の口をついた。


「平気なの?(シュウ)ちゃん」

「ん?うーん。結果が見えてたっていうか。ちょっと、甘いとこあったから…(ロク)は」



───ちょっと、やり過ぎるとこあるから…(シュウ)は。



(ロク)の台詞がフラッシュバックし、(アズマ)(わず)かに息を呑んだ。(シュウ)がどうしたの(アズマ)さんと屈託なく笑う。


屈託なく?笑う?



─────この状況で?



台所から(イツキ)がお茶を運んできた。(シュウ)の横に腰を下ろす、会話は聞こえていなかった模様。(シュウ)は‘ありがとお兄ちゃん’と礼を言い、(ロク)の話題には触れずに黙々と夕飯を食べた。(イツキ)も踏み込みはしない。1度だけ、大丈夫かと訊ねたが、(シュウ)が首を縦に振ったので以降その話題が出ることはなかった。

食事を終えいくらか時間を潰し、夜更けに(シュウ)は帰宅していった。送ろうかと申し出た(イツキ)を悪いからいいよと笑顔で断りテクテク去りゆく背中。適当に店を掃除しながら、(アズマ)がポツリと発する。


(シュウ)ちゃん普通だったわね」

「そう、だね…」


答える(イツキ)も歯切れが良くない。


(ロク)一件(いっけん)から日が浅いのに様子が不自然…逆だ。自然過ぎた。それが不自然だった。

(アズマ)が言うには‘結果が見えていたから’と(シュウ)は語ったらしいが───そういう問題でもないはず。根本的に何かが違う。理屈はどうあれ通常、‘失ったこと’に対する感情が先に来るのではないのだろうか。


(アズマ)は重たそうに唇を開いた。


「あのさ。(イツキ)の弟なのにこんな風に言うのもアレなんだけど。あの子、ちょっと危ない…んじゃないかしら」


(イツキ)は湯呑を持ち上げる手を()(アズマ)を見た。バツの悪そうな表情の(アズマ)にそんな顔しないでと告げて、普洱(ポーレイ)茶を啜る。

それについては、(イツキ)も思う所があったのだ。(シュウ)はどこか───ズレている。


再び(イツキ)の携帯が鳴った。(シュウ)からの微信(チャット)、〈明日もご飯食べようね!お兄ちゃん〉。(イツキ)は長らく画面を見詰めて、それから、〈いつでも呼んで〉と返信を飛ばした。

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