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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
221/492

愛寵と焔・前

倶会一処12






食肆(レストラン)に響くギターの音。


‘夜に団体客の予約がある’という(レン)の仕込みを午前中から手伝っていた(アズマ)──暇人──と、昼ご飯を食べに来た(タクミ)、そこへフラッと顔を出した(ロク)。尻尾を振ってギターの演奏をねだる吉娃娃(チワワ)(ロク)は快諾、店内のBGMは心地よいカントリーミュージックになった。

(ロク)のギターアレンジはなかなかのもので、曲作りへの着想が得られるらしい(タクミ)と2人でなにやらマニアックな会話をしている。音楽好き。折角なので(ネイ)にも連絡、ちょうど仕事が終わったからすぐに行く、30分後くらいとの返信。今日は早番のようだ。


「他のみんなは来ねーの?」

(マオ)はまだ寝てるわね」


弦を弾きつつ問う(ロク)に答える(アズマ)燈瑩(トウエイ)は少し忙しそうだと(カムラ)が言っていた、大地(ダイチ)は呼んだら来るだろう…(イツキ)(シュウ)とお出掛け中。


「そういや(シュウ)ちゃん、最近あんまり食べに来ないじゃない」

「ん?そうね…」


なんの気無しに投げられた(アズマ)の疑問に、(ロク)はわずかに視線を下げた。

あら?何かあったのかしら?不思議に思う(アズマ)の横で(レン)が‘僕の料理の腕が落ちたんでしゅかね’と悲しみに暮れる。(ロク)は即座に否定し‘次はまた一緒に来るから’と笑った。


「てか安心だわ。有り難いね、(イツキ)(そば)に居てくれると」


(ロク)が頬をゆるめたまま呟く。


安心とは‘頼もしい’の意か?確かにこの魔窟において武力はかなり重要なファクターだ。先日もどこかの誰かに奇襲をかけられたというし、そもそも(ロク)(シュウ)との初対面時も、(イツキ)はチンピラと小競り合いの真っ最中だったし。

そんなことを(アズマ)が口にすると(ロク)はギターを弾く手を止めて沈黙した。(アズマ)を真っ直ぐに見据え真摯な声を出す。


「あれ、俺が仕掛けたんだよ。ごめんな」


言葉の意味がすぐには理解出来ず、(アズマ)は数秒固まった。


「え、なにが?最初に会った時の話?」

「そう。依頼人の件、チンピラ連中にチクって‘(イツキ)と組んでる’つったの俺なんだわ」


(アズマ)が絞り出した疑問に頷く(ロク)、唐突なカミングアウト。だが(イツキ)を助けに割って入ったのだって(ロク)だったはずだ…まぁ、‘仕掛け人’であったからこそタイミングよく現れることが出来たのだろうけど。

しかし話し振りや態度から(ロク)にあからさまな悪意は感じ取れない。理由を尋ねる(アズマ)に、(ロク)は困り顔を作った。


(イツキ)がどんなもんか知りたくてさ。ほんと、悪かった」


頭を下げる(ロク)。性格面や非常時の判断力、1番は戦闘の強さ。(シュウ)を預けるに際してそこを確認しておきたかったのだ。

(アズマ)はパタパタ手を振り、謝るなら(イツキ)に直接言ってやってと答えた。聞いていた限りではどのみち依頼主と仲間連中はいずれ衝突していた可能性が高いし、(ロク)の介入が無くとも遅かれ早かれ(イツキ)は巻き込まれていただろう。故意に着火させたとはいえそこまで目くじらを立てるような事案でも無さそう…というか(イツキ)は多分、別に怒らない。もともと些事(さじ)を気にする性格ではないし理由も理由、そしてここまで仲良くなっていれば尚更だ。


「俺さ。(シュウ)にはもっと…楽しく過ごして欲しいのよ。お節介なんだけど」


(ロク)が顔を上げ、所在なさげな指で弦を弾く。ポロンと小さく音が転がった。


今までも愉しく(・・・)過ごしてはいた。裏社会で力を付け、数々の人間を意のままに操り、金を稼ぎ地位を確立し。(ロク)だってそうだ。

けれど気が付いてしまった。いくら成り上がろうが儲けを出そうが信者を作ろうが───埋まらないのだ。どこまでいっても、独り。それがどうしたと一蹴(いっしゅう)することももちろん出来る。されど。


「やっぱ、人は…‘一緒に居たい’って思える誰かと一緒に居たほうがいいから。だって」



寂しいじゃん。



ポツリとこぼす(ロク)は憂愁を(たた)えた雰囲気。(かつ)て侘しさを埋めるきっかけを与えてくれた(シュウ)(ロク)はその恩義を大切にし、そして、(シュウ)にもそんな出会いが訪れる事を願っている。


「だから、(イツキ)が居てくれて本当に良かった。みんなもだよ。(シュウ)のこと、よろしくね」


表情を崩し、いつもと変わらない調子で語る(ロク)(タクミ)が口を開く。


「お前も居るじゃんか、(シュウ)には」


その言葉に(ロク)はどこか悲しげに微笑む。


二の句が継がれる前に入り口の扉が開き、仕事帰りの(ネイ)の姿が見えた。話はそこで中断され、またワイワイとはじまる(ネイ)を交えた明るい歓談。




何気なく過ぎていく午後。砦を抜ける湿った風は、冷たい雨の匂いがした。

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