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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
217/492

桂花糕と馬蹄糕

倶会一処10






人気(ひとけ)のない、廃倉庫。‘よろしくない’用件を片付ける際に使う場所。


(ロク)はドラム缶に座り煙草をふかしていた。(かたわら)には縛られ転がされた男が2人、ピーチクパーチク(さえず)るので口にガムテープを貼ったがそれでもフゴフゴ言っている。

内容が気になるといえばなるものの、剥がすと大音量で叫び出すのよね…こんな倉庫(とこ)に助けなんて来ないのに…どうしたもんかと悩む(ロク)が男達へ視線を落としていると、ギイッと正面の扉が音を立てた。


「ごめん!お待たせ!ありがと(ロク)、さすが仕事早いね」

「んーにゃ。朝飯前ですよ龍頭(ボス)


声を弾ませにこやかに歩いてくる(シュウ)。手にはテイクアウェイのお菓子の袋、遅刻の理由。ポップでファンシーなロゴがまったくこの場に似合わない。けれどそんな(シュウ)の姿を見て、男達は顔色を変える。

あれ?顔見知りか?考えつつ(ロク)(シュウ)簀巻き(・・・)を交互に見た。(シュウ)に‘こいつら(さら)って’と頼まれ(ロク)が捕まえてきたのは、なんの変哲もない半グレだ。理由を聞いていなかった(ロク)は連中を顎で指す。


(シュウ)ちゃん、なんなのさこの子達」

柴灣(チャイワン)のマフィア崩れ」

柴灣(チャイワン)?」

(ロク)が逃した奴らの知り合い」


そう言われ、(ロク)は言葉に詰まった。


あの時──(アズマ)と行ったバーで()けられた夜──(ロク)が倒した輩はホームへと逃げ帰っていた。話は界隈の裏社会にほんのり広がり、にわかに九龍でのシノギへ注目が集まる。

普通ならそこで、ほとぼりが冷めるまで活動を自重するだろう。が、(シュウ)は逆に、その周辺の人間へ交渉を持ちかけた。現在自分は規模の大きな密輸業者(スマグラー)と懇意にしている、信用を得ているので横からいくつかルートを掠め盗ろう、儲け話に興味のある者はいないか?と。食い付きを良くする為、最初に幾らか──というよりかなり(・・・)──見せ金も積んだ。金はいつだって物を言うし、裏社会の人間達は野心家だ。劣悪な環境から這い上がってきた者は力を欲している。すぐにそこそこ大きめの魚が釣れ、悪くはない、と(シュウ)は思ったのだが。


「どうしてキミ達の使ってるチンピラが僕のこと襲ってきたのかな」


しゃがみこむと、男の1人の口からテープを剥がし語りかける(シュウ)(ロク)は片眉を上げる。(シュウ)は黙りこくる男を眺めながら、ベルトに差していたコルトパイソンを抜きシリンダーをカラカラ回した。


「殺して乗っ取ろう、とか思った?キミ達の入れ知恵?」

「俺らはそんなこと言ってない!!アイツらが勝手に…」


ダンッ、と、銃声が1発。チンピラの右耳が飛び悲鳴が響いた。(シュウ)はのたうち回る男の髪を掴んで頭を持ち上げる。


「じゃあ僕の情報、漏らしただけって事?」

「も、漏らして…なんて…」

「だったらなんで僕のこと知ってんの。密輸業者(スマグラー)(ほう)もルート抑えられてんだけど?おかしいでしょ?」


もう1発。左耳が飛ぶ。真ん丸くなった輪郭を見て(シュウ)は愉しそうに(わら)い、掴んでいた頭をゴンッと床へと打ちつけた。密輸業者(スマグラー)に反応した(ロク)が低く問う。


(シュウ)、お前…燈瑩(トウエイ)んとこイジったの?」

「直接じゃないよ。周りだけ。てかさぁ、僕バレないようにやってって言わなかった?」


関心無さそうに(ロク)へと答え、(シュウ)は男に再度質問を投げた。質問と呼ぶのは相応しくないかもしれない、回答を要求しているわけではなかったからだ。男が何を言おうがどうだっていいのだ、(シュウ)は銃口を上げ吐き捨てる。


「使えないね」


左足に1発。男が叫び、その声に眉を(しか)めた(シュウ)五月蝿(うるさ)いと右足にも1発。


(シュウ)

「なに?」


名前を呼ぶ(ロク)に笑顔で振り返りつつ、男の左腕に1発。やめてくれと懇願する(サマ)が気に食わなかったらしく次は右腕にブチこもうとし────


(シュウ)!!」


その肩を(ロク)が押さえた。右腕を狙った弾丸は逸れ男の首元を掠める。動脈が裂けドバッと赤黒い血液が吹き出した。あっ、と(シュウ)が呟く。(ロク)は男の横に膝をつき身体を抱き起こすも、抱き起こしたところで(ほどこ)せる処置も無い。(しばら)く痙攣したあと男は両目を大きく開いたまま静かになった。


(ロク)が掴むから、ズレちゃったじゃんか。殺すつもりだったからいいけどさぁ」


もうちょっと撃ってからにしたかったなと頬を膨らませる(シュウ)(ロク)は男を床に下ろし目元に軽く触れて瞼を閉じさせると、ゆっくりと(シュウ)に首を向けた。


「やり方ってもん、あんだろ」

「なにが?こいつが下手打ったんだから仕方無いじゃん」

「だとしてもだよ」

「ほんと甘いよね(ロク)は」


こんなゴミにかける情けなんて無いよ。そう言ってカチャカチャと弾倉をイジりながら唇を尖らす仕草はやたらと幼い。だが次の瞬間、死体の隣で青ざめているもう1人の男の腹へ躊躇なく再び1発。前のめりに倒れ込む男にスタスタと近寄り横面(よこつら)を蹴り飛ばす。


「お前はどーするの?ケツ拭いて死ぬ?」


笑ってピストルを上げた(シュウ)の、今度は銃身を(ロク)は握る。


「なぁに(ロク)

「やめろって」

「なんで」

「わかるだろ」


諭すような物言いに、(シュウ)(ロク)を睨んだ。


「はぁ?僕、襲撃されたんだよ?」

「そーだけど。もともと(シュウ)が手ぇ出したからでしょーよ」

「違うよ、(ロク)が逃がすからだよ」


静寂。張り詰めた空気。


重なった視線を先に外したのは(シュウ)だった。じゃあ(ロク)ちゃんと(・・・・)処理して?そう発するとつまらなそうに背を向け、ソファに置いていた紙袋から桂花糕(ゼリー)を取り出し食べ始める。(ロク)には馬蹄糕(こっち)とっとくねと一言。


うつ伏せになっている男を引っくり返す(ロク)。広がる血溜まり、ゴフッと咳き込む口の端からも血の泡。無理だな、助からない…助けるつもりがある訳ではないが…(ロク)が見下ろしているうち、数秒も経たずにそのまま事切れた。こちらも瞼だけは閉じさせ、(ロク)(シュウ)を振り返る。


「【東風(あのへん)】の奴らは(おまえ)が思ってるよりヌルい感じじゃねーよ。何で手ぇ出した?」

「逆にさ、なんで手ぇ出さないの?あんだけ(おっ)きなルートだよ?」


僕が失敗したことあった?と(シュウ)があっけらかんと返す。


失敗は無い。無いが、ギリギリの綱渡り…という時はあった。いつか足を踏み外す瞬間が来る、そんな不安が絶えず付きまとう。杞憂だとしても。


「まぁでも、カタイね。燈瑩サン(あのひと)対応すごい早かったな」


言いながら(シュウ)桂花糕(ゼリー)のついた指をペロッと舐めた。バレてんのかなぁ?僕だ、って…そう呟き可愛らしく(うな)る。


「だから中流階級(あっち)側に部屋借りたのかよ」


渋面(しぶつら)を作る(ロク)(シュウ)は肩を竦めた。


‘良く見える’というのは‘夜景’なんて呑気な話じゃない。ルートを狙うなら燈瑩(トウエイ)の近くに居たほうが動きを把握できるとの算段。しかし、聞こえてきた近所の噂は老人会で麻雀をしているだの寺子屋で甘味(かんみ)を配っただのほのぼのとしたものばかり。

されどその裏で、(シュウ)がちょっかいをかけようとしたルートは上手い具合に(ふさ)がれていた。潰された訳では無い、ご丁寧に塞がれた(・・・・)…トラブルが起こらないように。


「やんなっちゃうよなぁ…」


桂花糕(ゼリー)をパクつき再びボヤく(シュウ)。率直に言って腹が立った。なんだか子供扱いされた気がしたからである。遠回しな警告、それと、頭を撫でられた感覚。


(マオ)の件も手助けをしようとしたつもりではなく、貸しを作って【宵城】に取り入り根を張っていくという青写真…だったが、(マオ)(こと)(ほか)慎重で誘いに乗ってこなかった。粗雑な性格に見えても果たして九龍最高峰の風俗店店主、一筋縄ではいかない。なので皇家(ロイヤル)の残党を狩ってその資金を強奪する路線に切り替えた。確かにヌルくないのだ、【東風(あそこ)】の面々は。


「あと何件ヤった?」

「何件でもいいでしょ、他は揉めてないし」


問い掛ける(ロク)に返答する(シュウ)は考え事に夢中で心此処(ここ)にあらず。(ロク)は溜め息をついた。


「こいつらの周りとか…もろもろ、俺がナシ(・・)つけとくから。(シュウ)はもう動くな」

「動いてないよ僕は」

「じゃあ動かすな、誰も」


(ロク)の言葉に返事はせず、無言で缶カクテルを開栓しゴクゴクと(あお)(シュウ)。唇に舌を這わせ水滴をさらい、(あま)。と、小さく言った。

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