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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
214/492

ミスマッチと青椒肉絲

倶会一処7






賑々しく日々は巡り、本日も(レン)食肆(レストラン)


‘教えて欲しい’と(レン)が騒ぎ立てたことによって例のギターは食肆(レストラン)へ運ばれ、吉娃娃(チワワ)(ロク)の助力のもとマスターしようと(もっぱ)ら奮闘中。進捗は絶望的。


今夜は(マオ)が常連客から貰った紹興酒を皆で回していた。お出掛け帰りの(イツキ)は夕飯前にもかかわらずテイクアウェイした鶏蛋仔(エッグワッフル)を頬張り、(シュウ)(マオ)と一緒にアルコールをゴクゴクいっている。この弟、存外酒飲み。


「え、じゃあ皇家(ロイヤル)潰したの(マオ)さんなんだ」

「別にそーいう訳じゃねぇけど」

「そうでしゅよ!師範がチャチャッとやってくれたんでしゅ!」

「うるせぇなお前は」


(はた)かれる(レン)。師範?と首をひねる(シュウ)(マオ)は気にすんなと酒をつぐ。


「つうか(おまえ)よく皇家(ロイヤル)の話知ってたな」

九龍(ここ)のこと、ちょこっと調べましたから」


(シュウ)(マオ)の顔を上目遣いで見た。


「けど(マオ)サン、12Kだって利用したらもっと力つけられたじゃないですか。どうして潰しちゃったんです?」

「あぁ?どうしてって…俺は女売ったりする気ねぇし…」


こいつも困ってたからよと(マオ)(レン)を指差す。嬉しそうに尻尾を振りながらキッチンに帰っていく吉娃娃(チワワ)

(シュウ)がもったいないですねと呟き、もったいなかねぇよ、経営方針の違い、と(マオ)は舌を出した。


「ま、アイツらまたチョロチョロしてるらしいけどな。香港で」


皇家(ロイヤル)面子(メンツ)は警察にパクらせたものの、関連した残党が再び似たような仕事(・・)を始めたらしい。目下九龍(こちら)に被害は無いが、ジジィ──元【酔蝶】オーナー──がソワソワしていると(マオ)は語る。心配性。


「僕が綺麗にしましょうか?」


その提案に、(マオ)は愛想よくニコニコする(シュウ)を見詰めた。


‘綺麗に’とは当然ながら‘抹殺’という意味。香港に居る傘下の人間を使うのだろう。(マオ)(シュウ)と視線を絡ませたままやおら酒を啜り、いや、いい。と小さく答えた。


「ほっといても勝手に潰れんだろ。先立つ(モン)はあるみてぇだけどよ、脳ミソ()んだわ」


九龍(ここ)と同じやり方は通用しねぇしなと(マオ)が呟けば、そーゆー人たち多いですよねと(シュウ)はクスクスと口元に手を当てた。


「いくら金積んだって、結局は実力の問題なんだから。才能無いくせに…滑稽ですよね。可哀そー」


辛辣な物言い。酔いが回っているのか、いくらか気を許し()を見せているのか。

(シュウ)は手の中のグラスをクルクルと動かす。琥珀色の液体が波打ち、反射して揺れる光にどこかウットリした眼差しを向けつつポツリと漏らした。


「僕は才能がある訳じゃないけど…それなりの努力はしてるつもり。だから何もしてないのに喚いてる奴は鬱陶しいし、勘違いしちゃってる奴は邪魔くさいし、見栄だけ張ってる奴はくだらないって思う」


それからゆっくりと1人1人を見回す。


「でも、みんなはそんなことないから…僕、すごい好きですよ」




───どことなく、空気が変わった。




(ネイ)がオロオロと視線を泳がす。(ロク)はその頭を撫で、飯食ったら何か弾いてやると微笑む。大地(ダイチ)もコクコクと首を縦に振った。


「あ、なんや…えっと、(アズマ)もあっててんな?トラブル?」


場を和まそうと(カムラ)がポンッと膝を叩いた。話を振られた(アズマ)は言葉を濁す。

どうしましょ…伏せておいたほうがいいのかしら…?そう考え言い(あぐ)ねる(アズマ)(ロク)が声を飛ばす。


「アタイがちょっとね」


(シュウ)がすぐさま振り向いた。


「え?(ロク)、どうしたの?」

「こないだルート獲る獲んないで俺らが(・・・)揉めた奴ら、九龍(こっち)来てたのよ」

「嘘!?わざわざ!?」


ヤバ!と驚く(シュウ)はどこか愉しげ。どっから来ててん?との(カムラ)の問いに、クイッと紹興酒を飲み干し唇を舐めて悪戯な表情。


「香港の端っこです。こんなとこまで追っ掛けてきちゃって…シマ取り返せる訳でもないのに、頭悪いですね」


ウケる、と失笑。黙ってギターをイジる(ロク)の横で(アズマ)(シュウ)を見やる。

確かに、みかけにそぐわない言動。外見の控え目さに比べてだいぶ挑発的だ。だからこそ外見は控え目にしているのだろうか。指に前髪を巻き付けながら口を尖らせる(シュウ)


「全員殺した?」


唐突に放たれた、可愛らしい仕草に反した科白(セリフ)


1人だけと(ロク)が返すと───妙な間が開いた。ふぅんと生返事をする(シュウ)は既にこの話題に興味を無くした様子。

(イツキ)は質問の意図を読み取りかねた。単純に成り行きを尋ねたのか、ちゃんと(・・・・)殺したかと尋ねたのか。手酌する(シュウ)を眺めていると燈瑩(トウエイ)の声が耳に届く。


「それって、薄扶林(ポックフーラム)のほうの連中かな」


柔らかく普段より甘いトーン。



(カムラ)は少しだけ緊張した。



誰が聞いても、(シュウ)に優しく話しかけたのかと思えた。しかしその(じつ)、全く柔らかくなどはなく…むしろ真逆。燈瑩(トウエイ)の些細な変化を正確に読み取るのは(カムラ)だけである。

つまり───なにか、マズイのだ、これは。それが何かはわからないが。


(シュウ)は1拍置いて、違いますよ!鴨脷洲(アプレイチャウ)!と笑顔で答えた。


「そっか。俺、薄扶林(ポックフーラム)は知り合い居るからさ。ちょっと気になっちゃって」

「そぉなんだ。ていうか燈瑩(トウエイ)サン色んな繋がり持ってるんですね。他には──…」

(シュウ)


(ロク)が、(たしな)めるように名前を呼んだ。(シュウ)(ロク)に視線を寄越し‘なぁに?’と笑う。


その一瞬の目付きに、(カムラ)はどこか、薄ら寒いものを感じた。


ただでさえ場の空気がおかしいというのに。おかしいと思っているのは自分だけかも知れないけど。ん?そうするとおかしいのは俺?いやいや。おかしないやろ。…おかしない?いや、おかしいんやって。…は?


「と、とにかくな!」


よくわからなくなってきた(カムラ)は、頭を振って燈瑩(トウエイ)に向き直る。


「トラブルっちゅう訳やないんですよね?」

「うん、ほんとにちょっと気になっただけ」


そう言って笑う燈瑩(トウエイ)はいつもの表情。先ほどまでの雰囲気は消えている。


「手伝える事あったら()うて下さい」

「僕も手伝いますよ燈瑩(トウエイ)サン」


(カムラ)(シュウ)の申し出にありがとうと述べる燈瑩(トウエイ)の後ろから、会話に参加しておらずひとつも話を掴めていない(レン)がホクホク呑気に大盛り青椒肉絲(チンジャオロースー)を運んできた。(シュウ)(イツキ)に身体を寄せ、お兄ちゃん!食べよっ!と満面の笑みをみせる。(イツキ)は頷き、(シュウ)の皿に大量の肉を、(アズマ)の皿に大量のピーマンを取り分けた。








夕食後。(ロク)のギターの()を背に燈瑩(トウエイ)は外へ煙草を吸いに出る。ちょうど入れ違いでやってきた(タクミ)が‘店内(なか)で吸えばいーじゃん’と首を傾げた。


携帯を取り出すとチカチカ光る液晶の画面、新着通知が数件…界隈の動向を探らせていた人間達。新規のルート、潰れたルート、乗っ取られたルート、関わっている人物。



────関わっている人物。



核心を突くような情報ではない。目を通しただけでメールを消去し、燈瑩(トウエイ)は煙を虚空に散らす。




湿度の高い風は、相も変わらずゆっくりと、城塞へ分厚い雲を運び続けた。

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