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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
213/492

煩悩と思い出話・後

倶会一処6







「香港側で何トラブったの」


【東風】への帰り道。聞いても聞かなくてもいいことではあったが、なんとなく疑問が(アズマ)の口をついた。(ロク)(ゆる)い雰囲気を纏わせたまま、それね、と微笑(びしょう)


「強引にルート奪っちゃって。(シュウ)が」

(シュウ)が?」



意外。



強硬な手段を使うタイプには見えなかった。確かに、ストリートでのし上がるのであれば相応の無理を通さなければならない場面も出てくるだろうが…(シュウ)は好戦的という言葉からは縁遠い感じがしていたのだ。


「めちゃくちゃ野心家だよ(あのこ)。見た目は、っぽくないけど」


紫煙を流し(ロク)が続ける。


(シュウ)はさ、こーゆー時‘全員()っちゃえ’って言うんだよね。報復防止とか目撃者残さないようにとかもわかるけど…俺は、別に…また来たらまた倒せばいいし」


ていうか理由は後付けなのよね、(シュウ)は基本的に皆殺し志向だから。物騒な発言をしつつ(ロク)が眉毛を曲げる。(アズマ)は、(シュウ)の温厚で大人しそうなナリや(イツキ)に寄っていく姿と今の話とのギャップをいまいち飲み込めないでいた。


「さっきの奴ら、九龍(こっ)から帰ってくれると御の字だわ。1人殺ったのは、それで退()いてもらえるかなって思ったのもあって。ウロチョロしてんのバレたら‘全員殺す’って言い出すもの…ちょっとやり過ぎるとこあるから…(シュウ)は」


サンダルで煙草を揉み消す(ロク)。チャラチャラとした態度が目立つが行き当たりばったりに動いている訳ではない。やはりナンバー2で(シュウ)の相棒、(ロク)(シュウ)を想い、そして理解(わか)っている。

好き勝手やっているのは(ロク)の方で、(シュウ)が1歩下がった位置から見守っているのかと思っていたが───どうやら逆のようだ。(アズマ)は首を傾げた。


(ロク)は何で(シュウ)と一緒に居るのよ」


若干変な聞きかたになってしまったと思い、きっかけが気になっただけだと手の平をブンブン振る(アズマ)(ロク)は笑って、たまたま、俺が(シュウ)に助けてもらったんだと瞼を細める。


「俺、(かあ)ちゃんは病気で死んじゃって。(とう)ちゃんと2人でこっち来たんだけど(とう)ちゃんも抗争で死んじゃったのよね。ま、島に居た頃からそういう仕事しててさ」


香港には実に260以上の島があり、盛んなのは当然漁業。(ロク)の出身地も例に()れない。しかし、出荷したり育てたりするのは魚だけではない。島というものは運搬(はこび)の中継地点としても、栽培場(はたけ)としても、宿泊地(かくれが)としても優秀。父親もその(たぐい)の稼業で日銭をかせぐ裏社会の住人だった。

母親を亡くし島を出て香港中心部へと移り住んだものの、ほんの半年ほどで父親も他界。独りになった(ロク)は酒に博打に色に放蕩し、半グレ相手にゴロ巻いていたところ(シュウ)と出会う。

(シュウ)一風(いっぷう)変わったマフィアだった。いや、マフィアでもないのか、かといってチンピラなんてもんじゃない。話し振りや立ち居振る舞いに人を惹きつける魅力があった。賢さに(もと)づくものと───もうひとつは恐らく血筋(・・)


(アズマ)(イツキ)に意識を割いた。(イツキ)の周りにも人は集まる。その名を口にせずとも、なにか独特のオーラが【黑龍】の家系には受け継がれているのだろう。


「最初に(シュウ)に会った時はさ。()っちゃ!って思ったよ」


言ってケラケラ笑う(ロク)


初対面の場だった、とある取り引き。(ロク)はつまらない一介(いっかい)のギャングの用心棒として──報酬が良かったので──同行したが、種種雑多なグループの龍頭(ヘッド)のうち1番小柄で若く、かつ柔和なのが(シュウ)だった。

会合は(とどこお)りなく進むも俄然(がぜん)退屈で、前日も飲み屋で遊んでいた(ロク)は安定の朝…というか昼帰りのため寝不足。オッサン連中は分配や儲けをなるべく多く獲ろうと水面下で火花を散らしているが、数字の話など更なる眠気を誘うだけ。

誰がどれだけ持っていこうと、興味はない。今日のバイトの金が入って夜に女呼んで乳でも揉めりゃそれでいい。眠い。睡魔に襲われ欠伸(あくび)した。


ら、(シュウ)に見られていた。目が合いフリーズ。(ロク)は2回目の欠伸(あくび)を噛み殺しつつ、ヘロヘロと小さく右手を上げ挨拶。(シュウ)は声を立てずにクスクス笑った。


各々の取り分が決定されていく中で、(シュウ)は、アガリを1%も要求せず。その代わり、皆の所で勉強(・・)させてくれと。知識の浅い青二才に先輩方からご教授いただけないかと。

腰が低く、あどけなく、素直そうな態度。加えて非公認といえど【黑龍】の息子、上手く取り込めば優秀な手駒になる…誰もがそんな打算を抱いた。その時点では。


集会から(しばら)くして、ほぼ全てのグループの人間の訃報が入る。襲撃や衝突、穏便に(・・・)逮捕もあったが。残ってアガリを総どりしたのは誰か?問うまでもない。(シュウ)は取り入って得た情報を操作し裏から粛々と手を回すと、邪魔者同士を全てブツけた──(のち)に‘欠伸がでるくらい’簡単だったと(ロク)へ無邪気に語る──のだった。手際は鮮やか。愛らしい姿に隠された鋭い闘争心を見抜ける者は稀だろう。


無性に好奇心が湧いた。湧いたら、示し合わせたかのように(シュウ)から声を掛けてきた。



「僕、(ロク)のこと、すごい好きなんだ。だから仲間にならない?」



直球な誘い文句。あの取り引きの時からイイと思ってたんだよね、そう(シュウ)がはにかむ。


そこで気が付いた。誰ともツルんでいなかったせいで(ちまた)では一匹狼だなんて言われていた(ロク)だが、なんのことはない、共に過ごそうと思える相手が居なかっただけだったのだ。

そしてそれを───少し寂しいと感じていた自分に。


「嬉しくてさ、正直。そんでアタイもコロッといっちゃったわけ!上手だわぁ!」


言いながら破顔する(ロク)。新しい煙草を(くわ)えると(アズマ)にも1本差し出した。


助けてもらったというのは物理的にではなく気持ちの問題か…(ロク)(シュウ)を可愛がる理由に納得しつつ、(アズマ)は煙草に火を点けて煙を吸い込んだ。重ためで美味しい。


「あら、旨いねこれ」

「お気にのやつ♪特別よ?」


別に安いんだけどと目尻を下げる(ロク)(アズマ)も頬を緩め、値段じゃないでしょと答える。




月明かりの降る城塞。混沌に融けていく白煙はどこか侘しく、懐かしい薫りがした。

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