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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
208/492

ブラコンと見掛け倒し・後

倶会一処3






翌日から開始された九龍城砦探検ツアー。


のんびりと表通りを歩き、せかせかと裏通りを走り、階段を(のぼ)って(くだ)って路地を抜け。貼られたピンクなチラシを意味もなく剥がし、野良猫におやつの老婆餅(ローポーベン)をわけてやり、たまに見掛ける住人に挨拶をして。どこからともなく降ってくる水滴を()け、ゴチャついていて漏電しそうな配線をくぐり、湿った薄暗い城塞を駆け回る。

特段変わった出来事もないが、巨大迷路さながらな違法建築をウロウロすること自体が物珍しく面白いようで、(シュウ)は鼻唄を歌いながらちょこまかと(イツキ)についてきた。


スラム街はなるべく足早に通り過ぎたが、勢力図や縄張りの分布を仔細に知りたがる(シュウ)を安全な大通りまで引っ張ってくるのにそこそこ苦労した。マフィアについてに限った話ではない。貧民街を通ればあの店は何を売っているんだとか、中流階級側に来ればどこの砵仔糕(プッチャイコー)が1番美味しいかとか、花街に差し掛かれば強い博徒が居る麻雀屋はどれだとか…ジャンルを問わず(シュウ)は何でもかんでも訊いてくる。その度に(イツキ)は、(マオ)燈瑩(トウエイ)(カムラ)から得ていた情報を記憶の遥か彼方から掬いあげ、どうにかこうにか説明をつけた。


「お兄ちゃん何でも知ってるね!」

「いや、知らない…必死…」


日の落ちかけた(とりで)の屋上でハシャぐ(シュウ)に、パックの檸檬茶(レモンティー)を啜りつつ答える(イツキ)。遠い目。

(あらかじ)め述べていた通り、案内出来るほどではないのだ。ただなんとか喜ばせてやりたい、その一心で頑張っている。非常に大変。

(シュウ)はフフッと笑って(イツキ)の手から紅茶を奪い顔を覗き込んだ。黄金色の夕陽が瞳に映る。


「僕、お兄ちゃんと会えて良かったな。九龍(ここ)に来てみてホントに良かった。お兄ちゃん、大好き」


(イツキ)は少し面食らった。


随分とストレートな台詞。大地(ダイチ)もやたらめったら素直だが、(シュウ)も負けず劣らずである…弟ってみんなこんな感じなんだろうか。たまたまか。気の利いた返答が思い付かず(イツキ)は‘ありがと’とだけ口にした。


しかしこうして改めて城塞を回ってみると、日常生活では気が付かない新たな発見も多い。なんにでも興味をもつ(シュウ)の性格も手伝い数日程度では遊び尽くせず、昼にも夜にも街へと繰り出す兄弟。


「仲良くしてるね」


連日【東風】を出て行く背中を見送り(ロク)が笑う。こちらもこちらで店に入り浸っては夜な夜な(アズマ)と飲み歩くのがパターンとなっていた、‘宵越しの銭は持たない’きっぷの良さは2人似たところがある。たむろしている面々とも打ち解け、ワイワイと賑やかに過ごす日々。

時折【東風(いえ)】に泊まると言い出す(シュウ)、簡易ベッドはいつだって大活躍。そんな日は(ロク)は適当に引っ掛けた女の子の家へ消えていく。ジゴロ。ちなみに(アズマ)はちゃんと帰ってくる、真面目。


比較的無口な(イツキ)に反し(シュウ)は割とよく喋る。その勢いに引っ張られ(イツキ)の口数も心なしか増えてきた。もとより他人との垣根が低めの(イツキ)だが(シュウ)にかけては一段と下がっている、そして、(イツキ)自身もそれを感じていた。

‘兄弟’だからかな…(イツキ)は【黑龍】に居た幾人かの兄を思い返す。───いや、そうでも無いな。彼らとはもとより話す機会が設けられていなかったが、そこを差し引いても、血の繋がりがどうのこうのではない。


(シュウ)だからだ。気が合うのだ、単に。






「心配いらへんかったやん、お兄ちゃん」

「そうかな…」


ティータイム、お馴染みの鶏蛋仔(ワッフル)屋で合流した(カムラ)に言われ(イツキ)は首を傾げた。視線の先では弟達(・・)が並んでスイーツを(かじ)っている。

上手くやれてる…のか?自信はないものの、(シュウ)はそれなりに楽しんでくれているようではあった。まさか自分が(こちら)側になる日が来るとは夢にも思っていなかったが───トッピングのチョコレートアイスを舐めながら、(イツキ)(カムラ)をチロリと見る。


「てかさ」

「ん?」

「弟って、いいね」

「せやろ!?」


(イツキ)の言葉に(カムラ)は盛大に同意、大地(ダイチ)の可愛さを語り出す。ブラコン。

けれど、今となっては(イツキ)(カムラ)の過保護さがわからないでもなかった。スラムを歩けば心配だし遊びに連れて行くなら楽しませたいし、とにかくいつも気に掛かってしまう。


「でな。(ネイ)ん事あった時に、俺感動してん。大地(ダイチ)も成長したんやなぁって」

「そうだね」

「やっぱ、見とらんとこでも育っててんな。いつまでも()っこいまんまちゃうねんな…あっ、ちょ待って泣けるわ…ぐすっ…」

「そうだね」

「ぐすっ…やけど、いきなし花とか摘んでくるやん?そういうとこまだまだ可愛(かわえ)ぇんよ。見た目もなんやけどな」

「そうだね。でも」


連々(つらつら)と止めどなく弟自慢を続ける(カムラ)に相槌を打ち、(イツキ)一言(ひとこと)挟んだ。


(シュウ)も同じくらい可愛いけどね」

「んん!?言うやん!!」


声を張る(カムラ)、唐突に始まる兄バトル。急に大声をあげた兄その1と済ました顔で手を振ってくる兄その2を、弟達はキョトンとした表情で見詰めた。

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