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九龍懐古  作者: カロン
倶会一処
206/492

ブラコンと見掛け倒し・前

倶会一処2






夕飯時。約束通りに食肆(レストラン)へやってきた(イツキ)…及び、見知らぬ人物2名。すぐさま‘いらっしゃいませ!ご新規様でしゅか!’と追加の席を用意し接客をはじめる(レン)、人懐っこい吉娃娃(チワワ)(イツキ)経緯(いきさつ)を説明しつつ自分も椅子へ腰を下ろした。


(イツキ)、弟居たっけ…?」

「いや…俺も自分が1番下だと思ってたんだけど…」


首を傾げる(アズマ)──(イツキ)が‘折角だから’と土産に持ってきた麻薬(ドラッグ)の塊を抱え嬉しそう──を見て、(イツキ)もまた首を傾げる。2人の知るところでは【黑龍】の家で(イツキ)より後に産まれた人間は居なかったはずだ。


「僕は本家に認知されてないんですよ。阿爸(おとうさん)が遊びで寝てた相手との子供だもん。まぁ、阿媽(おかあさん)ももう居ないけど」


(イツキ)の弟───(シュウ)が、テーブルの幸運曲奇(フォーチュンクッキー)を割りながら笑う。

父親が()で作った子供か…そうなると存在を把握しておらずとも不思議は無い。他にもまだ兄弟がいる可能性もあるし、そもそも【黑龍】を出てからの内情は全くわからない、もしかしたら外とは限らず本家の中でも人数が増えているかも。


(ロク)は違うんだよね?」

「全然。アタイ、島の出だもの」


(イツキ)の質問に(ゆる)く煙草を振るもう1人の青年───(ロク)此方(こちら)は【黑龍】と関連は無く、(シュウ)と知り合ったのも偶然との事。もともと裏社会と繋がりがあった父が、嫁を亡くした際に(ロク)を連れ離島から香港へ来たらしい。


2人が(イツキ)に気付いたのはほんの最近。台湾の角頭の件で界隈が揺れた頃、‘【黑龍】の息子が九龍に居る’との情報を聞きつけた。そしてこの(たび)、それを頼りに探しに訪れたのだと(シュウ)は語る。


「また紅花の伯父(アイツ)大元(おおもと)かしら」

「そうじゃない?」


推察する(アズマ)(イツキ)は呆れ気味に返答。どこまでもはた迷惑な伯父(おじ)。しかし、今回ばかりは迷惑とも言えないか。なにせお互い面識のなかった家族と出会えたのだ、伯父(おじ)功績(・・)、といってやってもいいかも知れない。


夕飯を食べながら雑談を交わす。内容からすると、どうやら(シュウ)は香港のストリートでそれなりに力をつけているようだった。この歳にしていくつものグループを軍門に下らせている。腕っぷしが立つということではない、様々な取り引きや人間を言葉巧みに操作して裏側から手中に収めていくスタイル。会話の中でも垣間みえる知識の豊富さや語彙力の高さからそのクレバーな面が伺えた。


関心した(イツキ)が呟く。


(シュウ)、すごいね。俺はそういうの全然駄目だから」

「お兄ちゃんは喧嘩が強いでしょ!さっきも見たし、色々噂も聞いてるし。僕はそっちは得意じゃなくて…(ロク)に助けてもらってるよ」


話を振られた(ロク)が、持ちつ持たれつねと口角を上げる。(シュウ)(アズマ)を見やり、(アズマ)さんも強いの?と期待に満ちた眼差しで訊いた。(イツキ)のツレでこのガタイとあらばそう思うのも当然である。(シュウ)の目を見返しニッコリする(アズマ)


「俺は死ぬほど弱いよ」

「マジか、見掛け倒しじゃん」


くはっと吹き出しケラケラ笑う(ロク)、歯に衣着せない男。イジける(アズマ)(なだ)める姿は嫌味もなく爽やかだ。


「2人はしばらく九龍にいるの?」

「ずっといる!お兄ちゃんと会えたし!」


(イツキ)の問いに満面の笑顔で答える(シュウ)に、(ロク)が口を挟む。


「ずっと?(シュウ)ちゃん、香港島のグループ(やつら)はどうすんのよ」

「適当にやっといてもらうからいい、僕ここに居たいもん。連絡とかも(ロク)に任せる」


悪戯な表情で舌を出す。‘さいですか’と了承する(ロク)は慣れた様子、普段から振り回されているのだろうか。(シュウ)(イツキ)に向き直る。


「お兄ちゃん、九龍(まち)のこと案内してよ」

「え?俺べつに案内出来るほどじゃ…」

「たくさん知ってるでしょ!秘密の裏道とか美味しいお店とか!何でもいいから!」


割と押しが強め。


確かに裏道や美味しい店なら詳しいが、そんな物の紹介でいいのか…なにかもっと実になることのほうが…思案しつつパチパチと目を(しばたた)かせる(イツキ)をよそに(シュウ)はニコニコし、明日からいっぱい探検しようねと上機嫌。

大地(ダイチ)曲奇(クッキー)を分け合う様子を眺めていた(イツキ)(カムラ)に脇腹をつつかれた。


「なんや、可愛(かわえ)えやん」

「ん…そうだね…」


対面したばかりで実感が沸かないものの、弟なんだろう。(イツキ)は‘あのさぁ’と(カムラ)の脇腹をつつき返しヒッソリと問う。指先がポヨンとした。


「お兄ちゃんのコツ、教えて」

「ムズいこと訊きよるな」


考え込む(カムラ)


長年やっているんだから簡単じゃないのか…いや、今‘案内して’と頼まれて、長年九龍(このまち)の住人をやっている自分も困ったばっかりだった。意識してないことって改めて訊かれると難しいんだな。(イツキ)はそんな風に思いつつ(カムラ)の腹をポヨポヨつつく。

やめぇや、と、(カムラ)が悲しそうな声をだした。

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