兄と弟
何かひとつ掛け違っていただけで出会えず。何かひとつ擦れ違っただけで交わらず。
それでも、ほんのひとときだけでも、指先にだけでも、触れることが出来たのであれば。
人はそれを運命と呼ぶのだろう。例え───どんな結末を迎えたとしても。
倶会一処0
「あ、ラストだ」
おやつ時の【東風】、大地が熊猫曲奇をつまみかけた手を止める。先程開封したばかりの曲奇は雑談中にいつの間にやら数を減らしていたらしく、気付けば最後の1匹に。
樹は普洱茶を啜りながら、殿を務めている熊猫を容れ物ごと大地の方へ押しやった。
「大地が食べて」
「え!いいの?」
「うん」
わぁい!と喜び颯爽と齧りつく大地。討ち取ったり。だが口に入れた直後、はたと思い付き‘半分こしたら良かったな’と呟く。樹が‘俺いっぱい食べたし平気だよ’と返せば隣で見ていた上が肩を竦めた。
「すまんな、毎度毎度」
「全然」
ヒラヒラと掌を振る樹。
基本的に、年齢の関係で──大食いなことも手伝い──皆から分けてもらう側の樹だが、大地や寧に関しては年下だ。譲って然るべきである。空になった箱を覗き、また東に買って貰おうと決める。これも然るべきである。
上が大地の髪をポンポン撫でた。
「貰てばっかなんやから礼せんと駄目やで」
「またお花摘んでくるもん」
その言葉にヒュッと喉を鳴らす東を横目に、樹は仲睦まじく会話をする兄弟を眺めた。
上ってしっかりしてるよな。しっかり、というか過保護なきらいもあるが、年下の扱いが上手い。東も世話焼きなものの‘兄’とは違う。樹は自分の兄弟を少し思い返した。
弟か。兄は居た──といっても居ないに等しかった──けれど、弟は居なかった。自分より幼い存在とはあまり関わった試しが無い。
そういえば、子供と接する時のコツみたいなものを以前上に訊こうとした事があった。紅花と一緒に過ごしていた頃だ。あの時は、バタバタ続きでそのまま忘れてしまったが…またの機会に尋ねてみよう、‘上のお兄ちゃん講座’。
「せや大地、なんや蓮が新作食いに食肆こい言うとったで」
「え?ペースやば!アイデアマンじゃん」
「店のBGM変わってから前より調子ええんやって。みんなで行こか」
なぁ?と上は東と樹を誘う。時計を見た樹は夕飯までに合流すると言って立ち上がった。
「バイトなん?」
「うん。荷物届けに行く」
今日は配達の仕事を頼まれていた。上が気ぃ付けてなと声を掛け、大地は行ってらっしゃいと無邪気な笑顔。先に食肆向かって──食材の仕込みを手伝って──るからとの東の言葉に指でオーケーサインを作り、樹は鞄を抱えて【東風】をあとにした。




