表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
日々好日
202/492

橡皮鴨と珍珠奶茶・後

日々好日2






(マオ)、マーオ」


2時間ほどして。


殺人的だった陽射しもいくらか落ち着き、アヒルや期間限定ショップを堪能した大地(ダイチ)(マオ)を揺り起こす。隣には、雪糕車のアイスを頬張る(イツキ)。寝惚け(まなこ)をこすりながら満足したかと(マオ)が問えば、大地(ダイチ)は大量に撮った写真と双子アヒルのフィギュアを両手で掲げた。貼られた値札、500香港ドル。


「えっ!?そこそこするわね」

燈瑩(トウエイ)に小遣い貰ってんだろ」


手のひらサイズのアヒルを見詰め驚く(アズマ)に、(マオ)欠伸(あくび)をしつつ返す。貰ったけど、ちゃんとお仕事手伝ったもん!と大地(ダイチ)は得意気にした。(アズマ)がコッソリ(イツキ)に耳打ち。


「何手伝ったの?」

「バースデーイベントやってた飲み屋のお姉さんに花たくさん買って届けた」

最好(サイコー)


シシッと笑う(アズマ)だが、俺も大地(ダイチ)に花摘んできてもらおうかなと(イツキ)が呟くとそれは駄目だと全力で拒否。大地(ダイチ)のセンスは悪くないと思うけど…と不思議そうにする(イツキ)の肩を(アズマ)は叩き、(マオ)の用事済ませに行きましょ!と話題を逸らす。察した(マオ)(すね)へ蹴りを入れられた、青痣。


それからショッピングモールで菓子を物色。(マオ)はいつもの如く新作を片っ端からカゴに放り、会計を終えると破茶目茶な量の荷物を(アズマ)の肩へハンガーラックさながら引っ掛けた。ピィピィ鳴く(アズマ)を無視して外を見やれば高層ビルの谷間に沈んでいく夕陽。散歩にはいい頃合いか…(イツキ)へ視線を戻す(マオ)


「で?タピオカ?彌敦道(ネイザンロード)だっけ」

「うん。尖沙咀(チムサーチョイ)のお店と、佐敦(ジョーダン)油麻地(ヤウマーテイ)の間のお店と、旺角(モンコック)のお店に行きたい。旺角(モンコック)は2軒」

「……あ、そぉ。じゃ尖沙咀(チムサーチョイ)から歩くか」


予想外に多い(イツキ)の要望に一瞬黙りはしたものの、特に文句をつけるでもなく案を出す。(アズマ)は、俺が同じ事を言ったら維多利亞港(ビクトリアハーバー)に投げ込まれるなと思った。




MTR(メトロ)を使い一路(いちろ)尖沙咀(チムサーチョイ)へ。壁にデザインされたアヒルのアートを撮ったり自販機で檸檬茶(レモンティー)を買ったりしながら地下鉄駅を抜け、観光客でごった返す彌敦道(ネイザンロード)を歩く。

ここ最近、やたらと日系の飲食店や雑貨屋が増えてきた。流れる陽気な音楽と歌詞に(イツキ)が振り返れば、‘赤い帽子をかぶった青いペンギンが目印の黄色い店‘が視界に映る。カラフル。隣接しているラーメン屋は(タクミ)が気になると言っていた新店だ。チラシを1枚取ってポケットへ入れた。


(イツキ)、タピオカどの辺?」


訊ねる大地(ダイチ)(イツキ)はスマートフォンのマップを広げる。と、ピコンと届くニュースの通知。



拜拜(バイバイ)橡皮鴨二重暢(ラバーダック)!香港にお別れ!〉



「あれ?もう撤去してる」


(イツキ)の声に皆で画面を覗き込む。映像には悠々と維多利亞港(ビクトリアハーバー)を凱旋するアヒルが(しばら)く映ったあと───空気を抜かれてシナシナになった平べったい塊が2つ、貨物船で運ばれゆく(さま)が捉えられていた。


「展示、2週間やるって話じゃなかったか?まだ1週間しか経ってねぇじゃん」

「あっぶな!今日見に来て良かったぁ」


(マオ)の言葉に大地(ダイチ)が笑う。ラッキーね、と(アズマ)も口角を上げた。なにせここは香港、九龍城塞ほどではないにしろスケジュール通りに物事が進むほうが珍しいのだ。


適当な会話を重ねつつダラダラ歩き、(ひと)つ目のタピオカティーを入手。立て続けに(ふた)つ目も片付け、お次は(みっ)つ目。

日が落ちた街を様々な電飾が彩り始める。彌敦道(ネイザンロード)は香港屈指の綺羅びやかな大通り、所狭しと生える看板、あちらこちらへ無造作かつ無秩序にくっつけられたネオンサインは雑多でカオスなこの国の象徴。


そんな景色を横目に、タピオカをモグモグと口に含みつつ小難しい顔の(イツキ)。気付いた(アズマ)が首を傾げる。


「どした?」

「…このタイプは、苦手…」

「えっ!?」


(イツキ)に嫌いな食べ物があったのか。あからさまに驚く(アズマ)へそうじゃないと答え、(イツキ)は手に持った紙製の容器を指差す。


「入れ物が透明じゃないと中身が見えないから、最後に残ったタピオカが狙いにくい」

「なるほど」


そういえば以前に別の場所で買ったタピオカティーの容器もプラスチックではなく紙だったことがあり、その際(イツキ)はストローの穴からタピオカを覗いては吸い覗いては吸いしていた。蓋を全部剥がせばいい事ではあるが…何かこう、流儀に反するのだろうか。(アズマ)はストローで黙々とタピオカを狙う(イツキ)を見守った。


たわいもない話を続け、(よっ)つ目。本日の最終目的地。

ただの紅茶をオーダーする(マオ)だが、大地(ダイチ)が‘タピオカ食べなよ’と勝手にトッピングを追加。なんだかんだ全店舗でこれをやられている、しかも今回は ‘ラストだから’と仙草ゼリーまでブチこまれてしまった。マシマシの具材を無表情でモチャモチャ噛む城主。

結局押し切られるんだから最初から注文したらいいのに…そう思った(アズマ)がニヤニヤすると(スネ)へ蹴りを入れられた、青痣。


「あっ!アレ乗って帰ろうよ!」


道路沿い、瞳を輝かせた大地(ダイチ)が示す先にはルーフトップバスが停まっていた。香港中をグルッと回る観光用、九龍付近も通り道だ。どうやらちょうど乗客を待っている様子。

4人は車体に走り寄って──正確には走ったのは3人、(マオ)は気怠そうにノロノロ歩くので大地(ダイチ)が一生懸命手を引っ張り連れてきた──2階席へと乗り込む。


車が発進すると、すぐに感じる心地良い風。ビルのそこかしこから道路へと突き出た看板が頭上スレスレを通り過ぎていく。華やかで騒々しい摩天楼、立ち並ぶ高級ブランド店、行き交う的士(タクシー)…九龍城とはまた違う景色。

(イツキ)は上を向き、ネオンサインへと腕を伸ばした。指先が触れそうになり手をパタパタさせていると大地(ダイチ)も真似して背伸びをし始める。肩車してやろうか?と(アズマ)が脇の下を掴み持ち上げれば、やめてよ!危ないじゃん!とキャッキャする最年少。楽しげな時間と共に車はゆっくり巨大な要塞へ。


バスを降り、魔窟(ホーム)へと足を向ける一同。名残惜しそうな大地(ダイチ)の頭を‘またみんなで来よう’と言いつつ(イツキ)が撫でる。大地(ダイチ)は無邪気に笑って、パンッと手を鳴らした。


「ねぇ、(レン)のとこで夜ご飯食べよ!」

「あぁ?大地(おまえ)腹減ってねぇだろが、あんだけタピオカ食っといて」

「だってまだ帰りたくないんだもん!それに甘い物は別腹でしょ?ね、(イツキ)!」

叉燒麵(チャーシューメン)食べたい」

(イツキ)はそりゃそうだろ…んだよ、(あいつ)ちゃんと酒仕入れてんのか?」

「あら、(マオ)にゃん来るんだ。優しいわね」


ため息をつきつつ承諾する(マオ)(アズマ)がニヤニヤすると(スネ)へ蹴りを入れられた、そろそろ骨が折れる。




仄暗い九龍城に響く明るい笑い声、まだまだ終わらない和やかな1日。鞄から顔を出している双子のラバーダック達も、コロコロと、満足そうに寄り添っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ