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九龍懐古  作者: カロン
日々好日
201/492

橡皮鴨と珍珠奶茶・前


 

 

 

暑い。






()だるような暑さとはまさにこのこと。気温は連日30℃を軽く超え、香港名物の湿度が加わりたっぷりと水分を含んだ空気は重くベタベタと身体中に纏わり付く。街はさながら巨大なバスタブ。


そんな巨大なバスタブに、2匹の、これまた巨大なアヒルが浮かんだ。








「……死ぬ……」


甚平の胸元をパタパタさせながら呟く(マオ)


快晴の香港、金鐘(アドミラルティ)維多利亞港(ビクトリアハーバー)で開催されるイベントに遊びに来た───訳ではない。【宵城(みせ)】用の菓子を中環(セントラル)まで買いに出た。少なくとも、(マオ)の用事はそれだけだった。


「うわっもう見えてる、アヒルの頭!!ねぇ(マオ)早く、近くまで行こーよ!!」

「行かねぇよ、溶ける…(イツキ)連れてけ…」


ハシャぐ大地(ダイチ)(マオ)が力無く手を振ると、大地(ダイチ)はチェッと頬を膨らませ(イツキ)の腕を引いて埠頭へと駆け出す。


金鐘(アドミラルティ)の駅を降り、添馬公園から続く中西区海濱プロムナード。その先の維多利亞港(ビクトリアハーバー)に、2匹の巨大アヒルが浮かべられると話題になった。プカプカ運ばれてくるアヒル達をテレビで目撃した大地(ダイチ)は、絶対に見たいの一点張り。それを知らなかった(マオ)が‘中環(セントラル)──金鐘(アドミラルティ)の隣駅──に新作の菓子を買いに行く’と口を滑らせた。



そしてこのザマである。



その後(マオ)は‘タピオカでも奢るから’と何とか(イツキ)を巻き込むことに成功、するとオマケで荷物持ち(アズマ)も付いてきた。まぁ上々。アヒルへ走っていく子供達を横目に、(マオ)(アズマ)は木陰のベンチに腰を下ろす。今しがた買ったファストフードの袋をガサゴソやる(アズマ)。何か()るかと訊かれた(マオ)は、アイスコーヒーだけ受け取った。


「デカいわね、アヒル」

「1匹しか居なくね?」

「1匹しぼんだらしいよ」

「テーマ変わっちまうじゃねぇか」


実はこのアヒル、維多利亞港(ビクトリアハーバー)に登場するのは今回で2度目。前回は単身尖沙咀(チムサーチョイ)側の海に出現し大きさも16.5メートルだったのに対して、今回は仲間を引き連れ18メートルにパワーアップし帰還した。

2匹には、‘囍’と‘朋’という言葉を通じて‘幸福’や‘友’といった意味合いがテーマにある。良いものはペアでやってくるという中国の(ことわざ)なのだが…どうやら1匹は暑さにやられてしまい休憩中のようだ。ぺたんこになっている相棒の隣で、片割れがファンサービスを頑張っている様子が遠くからでも目に入る。


銅鑼湾(コーズウェイベイ)紅磡(ホンハム)旺角(モンコック)など香港各地の地下鉄駅もアヒルのアートがジャック。トラムのラッピングもアヒルに彩られ、ラバーダックだらけの街は大盛り上がり。


なんにせよ、お祭り騒ぎは活気があって良い事だな…瞼を細めた(マオ)は海を眺めてアイスコーヒーを啜る。なぜか足元に集まるスズメ。横を見ると、(アズマ)がハンバーガーを(かじ)りつつバンズの欠片を鳥にやっている。よくわからないデカめの鳥も群がりだした、波間に漂うアヒルほどではもちろん無いが。


パンと共に疑問を投げる(アズマ)


(マオ)、どこのお菓子買うの?」

「IFCに入ってる店の…曲奇(クッキー)…」


国際金融ビルか。というかこの城主、炎天下のせいでもはや喋るのもダルそう。(アズマ)が視線を向けたそばから(マオ)はベンチに転がり丸くなった。お昼寝ですかネコちゃん?と揶揄(からか)えば光速で下駄が飛んできて脇腹に突き刺さり、(アズマ)はハンバーガーを口から吹きかけた。


「てか、タピオカ屋さぁ。中環(セントラル)じゃなくて彌敦道(ネイザンロード)沿いに何件か行きたいとこあるって(イツキ)言ってたけど」

「マジか…遠いな…」 

「俺が連れてってもいいわよ。(マオ)帰る?」

「行くよ、俺が言い出した…ん…だし…」


声が途切れた。ネコはもう夢の中。昼頃まで徹夜で仕事してたらしいもんな、週末は花街忙しいから…そう思い、チラリと寝顔を盗み見る(アズマ)。閻魔も眠っていればそれなりにあどけない。金髪が風に揺れた。


そうこうしているうちに、パン屑を(ついば)む鳥達は全ての餌を平らげたようでもっと食べ物を寄越せとピィピィと騒ぎはじめる。(アズマ)は再びバンズをちぎりつつ、膝に乗ってきた1羽へ向け、唇の前に人差し指を立てて笑った。

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