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九龍懐古  作者: カロン
焦熬投石
200/492

「おかえり」と「ただいま」

焦熬投石12






(アズマ)何口(なんくち)買う?六合彩(ロト)

「10(くち)買っちゃいましょうか」


午後の【東風】。椅子に腰掛けた(イツキ)が指先で鉛筆をクルクル回しながら問えば、後ろからマークシートを覗く(アズマ)が嬉々として返答。向かいで頬杖をつく(カムラ)


(カムラ)は?」

「いや…俺、当たらへんからな…」

「買わなきゃ当たんないわよ」

「くじ運あらへんねんて!」


尻込みする(カムラ)を茶化す(アズマ)。この眼鏡、前回の六合彩(ロト)を見事に当てて【宵城】でのツケを総精算していた。全くもって悪運が強い、おかげで今日は(マオ)にも踏まれず上機嫌。

反対に、ツケを回収する事が出来たにもかかわらず──しかも自分のぶんの六合彩(ロト)もそれなりに的中させているのに──どことなくつまらなそうな(マオ)(イツキ)の横でチビチビと酒を舐めている顔には‘不満’の2文字が見える。

もしかしてあの猫ちゃん…金がどうこうとかでは無く、単に俺を踏んで遊びたいだけなんじゃないのかしら…?何かを感知した(アズマ)がコソッと(イツキ)の背後に身を隠すと、(イツキ)は月餅をかじりつつ‘どうひは(した)の’と首を(かたむ)けた。そのやり取りに、壁際で煙草を(くゆ)らす燈瑩(トウエイ)がクスクス笑う。


(ネイ)もやる?」

「え、うん…や、やってみようかな…」


同じくテーブルについていた大地(ダイチ)がヒラヒラと紙を見せれば、隣に座る(ネイ)もソロソロと顔を寄せてくる。


ここ最近、(ネイ)は毎日【東風】へ訪れていた。あの日以降消息の途絶えてしまった(タクミ)が、煙草を買いに来てくれるのを待っているのだ。

確実な約束をした訳では無い。けれど最後の別れ際、(タクミ)は‘またな’と言って、(ネイ)は頷いた。一緒に作っている曲だってまだ途中だ。


だから、きっと来る。そう信じて。




「でも…六合彩(ロト)ってどうやるの…?」

「えーとね、好きな数字を6個選ぶんだよ。何番がいい?」

「6個…好きな数字、6個も無いなぁ…」

「じゃあ今回もこれで決めよっか!」


頭を捻る(ネイ)にウインクして、大地(ダイチ)はテーブルにあったサイコロをいくつか掴んでブンッと勢いよく放る。入り口の方へ転がったダイス────と、そこへ。




「あれ?また六合彩(ロト)やってんの」




タイミングよく扉を開き、(タクミ)が顔を出した。



足元に視線を落として四・一・三と数字を読み上げると、拾ったダイスを(イツキ)へ投げて寄越す。(ネイ)がバッと立ちあがった。


「いらっしゃいませ、煙草?」


口角を上げて問う(アズマ)(マオ)が自分の(かたわ)らの椅子を引き、大地(ダイチ)はテーブルの陰で軽く(ネイ)の手を握る。


「────っ、おかえり、なさい」 


つっかえはしたものの(ネイ)はハッキリした声で言い、再び真っ直ぐに(タクミ)を見た。(タクミ)(ネイ)を見やる。帽子を脱いで少し()み、答えた。


「…ただいま」




もう1度、ここから。




(タクミ)お前、連絡くらいしろよ。新しい携帯(でんわ)あんだろ」

「色々片付けてたから忙しくて…つうか俺、もともと(マオ)の番号知らなくね」

大地(こいつ)のは知ってんじゃねーか」

「いいよ別に、帰ってきたんだから!ねぇ(ネイ)!」

「うん…あの…えっと…」

「曲持ってきたよ、続き作ろうぜ。あとこれ見舞いのお菓子。(デコ)治ったか?」

(ハフミ)六合彩(ロホ)買う?」

「みんな買ってんなら買おっかな。さっきのサイコロなんだっけ、んーと… …… 」






雨上がり。雲の切れ間から射し込む日差しが、あちらこちらに残る水滴を照らしだし、不格好な城塞を(きら)めかせる。


話し声の響く店内にまたひとつ───新しい季節が訪れていた。

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