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九龍懐古  作者: カロン
焦熬投石
197/492

層層疊とスコール・後

焦熬投石9






死因は別に聞くまでもない。例のマフィアと揉めたのだ。

仲間を()られたのがやはり許せず、ドラッグ関係で一儲けしたいという打算も重なって、勢いのままに突っ掛かっていったんだろう。そういう性格の奴だった。そんな熱さのあるところが、好きではあったが。


山茶花(カメリア)の辺りから余計におかしくなった。いや…それも只のきっかけか。多分最初からこうだった。1人また1人と欠けていって、崩れなかったほうが不可思議な、スカスカの層層疊(ジェンガ)


こうなることの予想はついていた。止めるべきだったのか?止められたのか?どうすればよかった?


答えは出ないまま、滔々(とうとう)と、日々は(めぐ)る。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「この部分はこっちの音使っても合うと思います。わ、私は、ですけど…」

「俺もそー思うよ。(ネイ)、センスあんね」


夕食前、(レン)食肆(レストラン)(タクミ)が‘新品’の肉切り包丁──今度は本当に‘新品’──を買ってやってきたと聞きつけた(ネイ)が、新しい音源を聴かせて欲しいと顔を出した。ラップトップで曲をイジる(タクミ)の横で控え目に意見を口にする(ネイ)、どうもなかなかセンスが良い。


「えと、あの…じゃあ、ここも、こんな風なアレンジはどうですか」

「おっ、いいじゃん?そっちのバージョンも作ろっか」


(タクミ)が褒めると(ネイ)は顔を赤くし目を伏せた。いくらか自己肯定感は高まってきたものの、まだまだ褒められることに慣れていない。

そうして黙りこくったのち、恥ずかしそうにモゴモゴ何かを発する。


「た、(タクミ)さんにそう言ってもらえると、嬉しいです。(タクミ)さんは、その…すごいから…」



今度は(タクミ)が黙る番だった。



(ネイ)の目に映る自分がどうあれ実情はどうしようもなかった。現在(いま)だってこんなにグチャグチャと、崩れかけの層層疊(ジェンガ)を馬鹿みたいに支えようと必死だ。崩れかけ?本当はわかってるんじゃないのか?もう、とっくに、崩れてしまっていることが。


「俺は」


なんにもすごくなんてねぇよ。


(ネイ)が思ってるような人間じゃねぇから」


自嘲気味に(わら)って呟く。ニット帽を下げる(タクミ)の横顔を(ネイ)は見詰め、(しばら)く考えてから、途切れ途切れに声を押し出した。


「えっと、何があったのか、わかりませんし…私なんかが、口を挟める話じゃない…と思うんですけど…」


ちょっぴり前に(かが)み、帽子に隠れた目元を覗き込む。(タクミ)(ネイ)を見た。


「今までのことは変えられなくても、今からのことは変えられるんだって、私、みんなに教えてもらったんです。もし何か、間違ってしまったり…取り返せないものがあっても…ここからまた、変えていくんだって。変えていけるんだって」


たどたどしい口調とは裏腹に、熱を持った科白(セリフ)


理想論ではある。けれど、空論ではない。(ネイ)はそう()れるように直向(ひたむ)きだ。少しずつでも、歩みが遅くても、やりなおせなくとも。諦めず前をむいて進んでいる。


「だから、(タクミ)さんも、えっと…あの…」


(ネイ)の視線がオロオロと宙を泳いだ。偉そうなことを言ってしまった───そう焦っているのがありありとわかる。(タクミ)はしどろもどろな仕草にプッと吹き出して、(ネイ)の頭をクシャクシャ撫でた。


「そうだよな。サンキュ(ネイ)


おもむろに煙草に火を点け一口(ひとくち)肺にいれ、俺さ、と(わら)う。


「昔からのダチと、ちょっと上手く行ってなくて。2人居なくなっちまって(・・・・・・・・・)、最後の1人とも()れ違ってて」


(ネイ)は黙って耳を傾ける。雨粒が窓を叩いた。香港の長い雨季、重たく湿(しめ)る城塞の空気を(タクミ)は煙と共に吸い込み、細く吐く。


「だけど、何とかやってみるわ。もっかい」


その言葉と同時に、キッチンからやってきた(アズマ)がテーブルに鴛鴦茶(ユンヨンチャー)を置いた。(レン)もすかさず注文外のデザートを運んでくる。気遣い屋だなと(タクミ)が肩を竦めると、廚師(コック)は‘BGMのプロデューサー様へ当店からのサービスでしゅ’とお辞儀。笑い声を漏らす(ネイ)に、(タクミ)も柔らかく目尻を下げた。


そんな何気ない時間の中。






現実は雷鳴を(たずさ)え、スコールのように突然降り注ぐ。

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