鳳梨酥と普洱茶
焦熬投石7
「あのルート潰れちゃったんだよぉー!もぉヤダぁー!」
カウンターに座る東が嘆き、ジタバタと足を動かす。今日も今日とて【東風】にたむろっていた面々はピーピー鳴いている違法薬師に視線を向けた。
「ほのルーホ?」
「福州の方から来てたヤツぅ…海越えてあの値段は破格だったのに…あ、おかわりいる?パサつくでしょ鳳梨酥」
メソメソしながらも、鳳梨酥をモグモグと頬張る樹の湯呑が空になっているのをみとめ茶を注ぐ東。世話焼き。
「仕入れに船使うなら燈瑩にやってもらえばいいじゃん」
「んー…船は使えるけど…薬だと、ちょっとジャンルが違うかな」
匠の言葉を受けて燈瑩は顎に手を当てる。
「あれ?密輸業者じゃないの燈瑩」
「そーだよ。死体だって運ぶんだから、大麻なんてチョレぇだろが」
「猫、語弊」
匠の疑問に茶々をいれる猫へツッコミつつ、‘死体は密輸じゃないし’と答える燈瑩。上は問題はそこではないと思ったが無言で普洱茶を啜った。
俺は武器ばっかりだからと燈瑩が付け足せば、匠はふぅんと相槌を打ち、指に挟んだ煙草を回す。割と他人事。プッシャーのバイトを減らしたといっても繋がりは残っているだろうに影響は薄いのか?樹が首を傾げる。
「匠は困ってないんだ?」
「俺は…最近の界隈のやり方は、あんま…合わないっつーか」
匠は軽く息を吐いた。
山茶花の出現以降──もちろんそれまでもそうではあったが──薬漬けからの人身売買が巷でもっぱらハヤりはじめた。匠が以前居たクラブもその流れを汲んでいる。しかし現在、山茶花は富裕層以外の市場からは姿を消し、貧困街などで代わりに使われているのは性能が格段に劣るドラッグ。漬ける段階で商品が死んでしまったり使い物にならなくなってしまうことも多い。
効率の悪さでいずれ下火になるであろうが、とにかく今はブームの真っ最中。
けれどそのやり方をハナから匠は好ましく思っておらず、そもそもが薬のディーラーでも無い為、立ち入ることをやめていた。
だから前の店へ行かなくなったのか…合点がいった上の隣で、‘今の店そーゆーのなさそうだもんね’と大地が笑う。無邪気。
「東をさぁ」
カリカリと煙草のパッケージの封を引っ掻きながら呟く匠。数秒の間の後続ける。
「襲ってきた奴らも、そっちの関係みてぇ。情報持ってた面子はあん時に全員殺ったから周りにはヌケてないっぽいけど、落ち着くまで静かにしてた方がいいかもな」
「え?どっから聞いたん?」
「俺の…ダチが言ってた」
耳の早さを不思議がる上にたまたまだよと答えた匠には、どことなく、影があった。
隠しているという雰囲気ではない。少し、何かを思索うような口振り。煙草の箱を見詰めるその顔を、鳳梨酥を食べる手を止めた樹が覗き込む。
「匠、ほんとに困ってないの」
「困ってねぇよ」
口の端を上げ‘ありがと’と答えるその表情に、若干の迷いが映っている気がした。だがあまり踏み込むのもよろしくないだろうと考え、樹は‘なにかあったら言ってね’と伝えるにとどめる。匠が頬を緩めた。
「優しいじゃん」
「え、だって仲間じゃん」
それを聞いた匠がキョトンとし、発した樹も同じくキョトンとした。そんな返答がくると思っていなかった匠と、そんな事は当たり前だと思っていた樹。しばし無言の時が流れたあと、匠はククッと喉を鳴らす。
「…そっか。そうだな」
噛みしめるように繰り返して、もう一度ありがとと口にする。先程よりは朗らかな表情。樹が肯き、鳳梨酥を匠へと差し出すと、匠はパサつくだろと愉しそうに笑った。




