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九龍懐古  作者: カロン
焦熬投石
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クラブと好きな物・前

焦熬投石2







それからというもの。


(タクミ)は【東風】へ頻繁に煙草を買いにくるようになり、そのままみんなで(レン)の店に食事に行くというのがパターン化。

更に、(タクミ)が作成してくれる曲リストのおかげで食肆(レストラン)のBGMが不思議な民謡からお洒落なポップスに変化を遂げる。もちろん(レン)は喜んでいるが───誰より興味を示しているのは意外な人物だった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「…甘いね?これ」


夕方の食肆(レストラン)雞蛋三文治(タマゴサンド)をモキュモキュと頬張る(イツキ)が目をパチクリさせる。


「はい、塩と砂糖を間違えたんでしゅっ」

「ベタやな」


無駄に凛々しい顔をキメる(レン)(カムラ)も試しに一口(かじ)り、甘いなと同じ感想を述べた。


(まかな)いのつもりでしたし、揚げちゃって西多士(フレンチトースト)にしようかと思ったんですけど…」


(レン)は腕を組み唇を尖らせる。本当は客に提供する代物(しろもの)ではないが、料理が出来あがるのを待ち切れなかった(イツキ)が失敗作だと承知の上で味見させてと強請(ねだ)ったのだった。


()ほいひ(おいし)ーよ」

美味(うま)い…か…?慣れとらん味やな…周りにも砂糖つけて揚げよったらええんか…?」

「いいじゃんこれでも。三文治(サンドイッチ)三文治(サンドイッチ)で頑張ってるんだから」


あまり箸が進まない(カムラ)の肩越しに‘ちょーだい’と手を伸ばした(タクミ)が、(かど)を千切って口に放り込む。甘いねと感想。


三文治(サンドイッチ)も頑張っとるんか」

「頑張ってるよ、甘くなったくらいでイジめんなよ。八百万(やおよろず)(かみ)サンが泣いちまう」

「や()よろずっ()何」


(タクミ)の言葉に(イツキ)が首を傾げる。下顎に親指をあてて少し考える(タクミ)


「んー…物にはみんな神様がいる、っていう感じ。日本ではそーゆーのがあんの」

(タクミ)、日本好きなの?」

「好きってか親父(オヤジ)が日本人なんだよ」

「え!!じゃあ、いつか日本に帰っちゃうんでしゅか!!」


ふぅんと納得する(イツキ)の横で(レン)が大声をあげた。この吉娃娃(チワワ)、非常に寂しがりである。

厨房まで届いた叫び声に(アズマ)はキッチンからホールを覗き、キャンキャン吠える(レン)を見て藍漣(アイラン)の帰国の際に届いたボイスメッセージを思い出した。


「帰んねぇよ。家族とか居ねぇし。親父(オヤジ)もお(フクロ)九龍(ここ)で死んでるもん」


(タクミ)(レン)(ひたい)を小突いて笑う。


聞けば、仕事の関係で日本から香港にやってきた父親は九龍付近で駐在している間に母親と知り合ったらしい。城塞内の治安の悪さを見兼ね家族や地域の子供を守る為に自警団に加入したが、ある時マフィアと揉めて抗争になり命を落とした。母親は出稼ぎに行ったっきり行方不明、水商売を生業(なりわい)に暮らしていたので運悪くそういった(・・・・・)手合いの人間に引っ掛かったのではないか、と。当時まだ(タクミ)が10歳頃の話。

それからは地元の孤児たちで徒党を組んで、どうにかこうにか助け合って生活してきた。長く一緒に居る幼馴染みは3人ほど、残りは途中でだいたい死んだ。スラムの暮らしなんてそんなもん。

語り終えて(タクミ)は、ありがちな話だろ?と柔らかく微笑む。


「でも、その3人とは今でも仲良いんだね」

「ん?良いよ…それなりに…」


(イツキ)の台詞に(タクミ)は浮かない声音。励まそうとして発した言葉だったが、なんだかそうでも無さそうで、(イツキ)は口を(つぐ)んだ。


三文治(サンドイッチ)が片付きオーダーした料理がテーブルに並ぶ頃、満面の笑顔と共に寺子屋帰りの大地(ダイチ)がやってきた。(かたわ)らで(ネイ)がペコリと頭を下げている。


「お疲れ、(ネイ)。曲のMIX作ってきたぜ」


ラップトップを立ち上げつつ笑い掛ける(タクミ)大地(ダイチ)は走り寄り、(ネイ)へと手招き。ソロソロ近付いた(ネイ)が端からスクリーンを覗き込む。


「何でそんな隅っこ居るの。真ん中座れよ、お前の為に持ってきたんだから」

「そーだよ!ほら(ネイ)!」


(タクミ)がPCの位置をズラし大地(ダイチ)も中央の椅子へ(ネイ)を誘導。(ネイ)はおずおずと腰を降ろす。

動画を再生すると、流れてきた歌は流行りのベストヒットを短めに繋ぎ合わせたもの。ところどころテンポやサウンドも調整されており明るくキャッチーな仕上がり、使われている映像もマッチしていて画面を見詰める(ネイ)の瞳がキラキラと揺れている。

大地(ダイチ)が唇だけを動かし(タクミ)多謝(ありがとう)と言うと、(タクミ)は軽くテーブルを叩いて返した。



音楽は、大地(ダイチ)がようやく発見した(ネイ)の好きな物だ。



(タクミ)の計らいで食肆(レストラン)のBGMが変わった時、1番嬉しそうにしていたのは実は(ネイ)だった。気付いた大地(ダイチ)がそれに関した色々な話題を(ネイ)に振るようになり、(タクミ)も様々な曲を聴かせてくれるように。

新しくお気に入りの歌に出会う度──あまり表情にはあらわれないが──愉しげな雰囲気を(まと)(ネイ)を見て、大地(ダイチ)もまた、幸せな気分になっていた。


「あっ、そういや今度イベントやるからさ。お前ら遊びに来いよ」

「え!?駄目やろ、あそこんクラブは!!」


招待状を取り出す(タクミ)(カムラ)が制止。あの時に潜入したクラブなら完全に大人の遊び場、未成年立ち入り禁止である。

(タクミ)は、俺店舗(ハコ)変わったから大丈夫だよと(カムラ)にもチケットを渡した。派手なロゴの印刷。記載されている住所は比較的落ち着いた安全なエリア、開催の時間帯も昼間だ。


「前んトコにはもう行っとらんの?」

山茶花()の件終わってからは行ってねーよ。まぁ、もともと…」


あんま好きじゃなかったし、と(タクミ)は呟く。


そこそこ綺麗なハコやったけど…なんや気に入らん事あったんかな…ふと疑問に思ったが聞き返しはせず、(カムラ)は受け取った極彩色の紙をポケットにしまった。

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