六合彩とご新規さん
焦熬投石1
「東、何口買う?六合彩」
「今聞かれるとちょっと困っちゃうね」
クルクルと指先で鉛筆を回す樹に、床のタイルに這いつくばっている東が微笑む。
今日も今日とて競馬で全財産スッていた東は安定の閻魔の足の下。なんでツケ払ってから賭けないのと小首を捻る樹に、だって馬が走るからとニッコリ。ウザい。猫はその背中をフミフミしながら‘俺10口買うわ’と宣言。
「番号どうしよっか」
「日付と時間とかでいいだろ」
「さすがに雑過ぎない?」
用紙を眺めて樹が問えば、猫は気怠げに壁のカレンダーを見た。買うと決めた割に毛の先ほども興味の無さそうな選出方法に笑う燈瑩。
「じゃあさ!これで決めよ!」
言うが早いか大地はテーブルにあったサイコロをいくつか掴み、ブンッと勢いよく放る。入り口のほうへと転がるダイス───そこへタイミングよくガラッと扉が開いて、ニット帽を目深にかぶった男が顔を出した。ちょうど全員で賽を凝視していた【東風】の面々とすぐに目が合い、驚いた男はビクッと肩を震わせる。
「…え?混んでんね、この店。出直そうか」
「いやっ!平気!誰も、客じゃ、ないから」
「そんなことあんの?」
地に伏したまま首だけを動かしてうめく東を見詰め不思議そうにまばたきする男へ、サイコロを指差し数字を訊ねる樹。男は足元に視線を落としてニ・六・五と返答、カリカリとそれを書きつける樹へ拾ったダイスを投げて寄越した。
来客を認めた猫がしぶしぶ足をどけ、東は身体を起こしパーカーの埃をパタパタはたいて挨拶。
「2度目まして。どした」
「前に貰った煙草、売ってたら欲しいんだけど」
友達?との大地の質問に、このあいだクラブで知り合ったと東。上が思い出したように口走る。
「あぁ、山茶花ん時のDJさんやんな」
それを耳にした猫の雰囲気が一瞬変わった。感じ取った東が‘こいつは【宵城】と関係ないよ’と声を飛ばし、紫煙を流す燈瑩も猫に視線を送る。短い沈黙。猫は手に取った酒瓶を傾け、中身を啜って唇を湿らし‘そうだな’と言った。
男は皆を見回して、なんとなくの事情を了解するやニット帽を脱いで猫に向き直り口を開く。
「あの件で迷惑かけたのか?だとしたら───悪かった。謝ってどうにかなるもんでもねぇけど」
存外に真摯な声音と態度。猫は眉をあげ、フッと笑うと自分の横の椅子を引いた。
「お前のせいってこともねーだろ。座れよ」
促されて、テーブルに歩み寄り椅子へと腰を下ろす男。隣の樹が急に月餅を差し出す、樹なりの挨拶代わりの品。男はそれを戸惑いながら受け取り‘ありがと’と礼を述べる。
「いらっしゃいませ。ていうかよく【東風】わかったね」
「クラブに来るネーチャン達に聞いた。ピンクカジノで働いてる娘、最近お前あんま遊んでくれなくてつまんないつってたよ」
サラッと返され若干気まずい表情をする東。キャストに人気があるのは東自身ではなくその金の使い方や賭けっぷりなのだが、まぁとにかく。
初めまして!大地です!と幸運曲奇をわける大地に、サンキュ、匠って呼んで。呼び捨てでいーよと男は名乗った。
「ここ菓子屋?薬屋かと思ってたんだけど」
「薬屋です。お茶や漢方も御座います」
匠の疑問に、東は煙草を渡しつつフザケて畏まったお辞儀。
「飯屋にもなるけどな」
「飯屋は猫んとこでしょ」
「あー、ここはB&Bだったか。飯だけじゃなくてベッドもあるし」
「やめてよ!また誰か転がり込んできちゃう!」
からかう猫に反論し、ハッと匠を見る東。匠が俺は家あるよと答えると猫は残念そうに低く笑った。
「匠はDJなの?プッシャーなの?」
「DJっつーほどでもないけど…プッシャーはバイト」
サイコロを振りつつザクッと斬り込む樹へ、煙草のボックスを開封しながら答える匠。どことなく浮かない声音。樹はそっかと頷き、暇なら友達の店にご飯を食べに行かないかと誘う。猫が燈瑩を顎で示した。
「燈瑩がイイ酒奢ってくれるぜ。なぁ」
「俺?ってことは猫、また財布持ってきて無いんでしょ」
「そうだにゃあ。そんかわし、あとでみんなで【宵城】で飲んでけよ。プラマイプラだろ」
舌を出す猫に燈瑩は破顔、蓮に電話をしておこうかと言ってポケットから携帯を取り出す。予約いれるほどの店かよと愉快そうに喉を鳴らす猫。
「別に席あんじゃねぇの」
「でも7人でしょ?いつもより多いじゃん」
と、大地が発した‘7人’という数字に、食肆からの夜總会の流れへ承諾もしていないのに巻き込まれていると気付いた匠が面食らった顔で呟いた。
「なんか…お前ら、仲良いんだな…」
その言葉に元気よく首を縦に振る大地、肯定せずとも否定はしない猫、せやなと同意する上へ笑いかける燈瑩、再び月餅を差し出してくる樹。‘ご新規さんも大歓迎ですよ’と東が口角を上げると、キョトンとしていた匠は頬を緩めた。
───この出会いが新たな騒動の引き金になるとわかるのは、ここからまた少し後の話だ。




