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九龍懐古  作者: カロン
焦熬投石
185/492

六合彩とご新規さん

焦熬投石1






(アズマ)何口(なんくち)買う?六合彩(ロト)

「今聞かれるとちょっと困っちゃうね」


クルクルと指先で鉛筆を回す(イツキ)に、床のタイルに這いつくばっている(アズマ)が微笑む。


今日も今日とて競馬で全財産スッていた(アズマ)は安定の閻魔の足の下(ベストポジション)。なんでツケ払ってから賭けないのと小首を捻る(イツキ)に、だって馬が走るからとニッコリ。ウザい。(マオ)はその背中をフミフミしながら‘俺10(くち)買うわ’と宣言。


「番号どうしよっか」

「日付と時間とかでいいだろ」

「さすがに雑過ぎない?」


用紙を眺めて(イツキ)が問えば、(マオ)気怠(けだる)げに壁のカレンダーを見た。買うと決めた割に毛の先ほども興味の無さそうな選出方法に笑う燈瑩(トウエイ)


「じゃあさ!これで決めよ!」


言うが早いか大地(ダイチ)はテーブルにあったサイコロをいくつか掴み、ブンッと勢いよく放る。入り口のほうへと転がるダイス───そこへタイミングよくガラッと扉が開いて、ニット帽を目深にかぶった男が顔を出した。ちょうど全員で(さい)を凝視していた【東風】の面々とすぐに目が合い、驚いた男はビクッと肩を震わせる。


「…え?混んでんね、この店。出直そうか」

「いやっ!平気!誰も、客じゃ、ないから」

「そんなことあんの?」


地に伏したまま首だけを動かしてうめく(アズマ)を見詰め不思議そうにまばたきする男へ、サイコロを指差し数字を訊ねる(イツキ)。男は足元に視線を落としてニ・六・五と返答、カリカリとそれを書きつける(イツキ)へ拾ったダイスを投げて寄越した。

来客を認めた(マオ)がしぶしぶ足をどけ、(アズマ)は身体を起こしパーカーの(ほこり)をパタパタはたいて挨拶。


「2度目まして。どした」

「前に貰った煙草、売ってたら欲しいんだけど」


友達?との大地(ダイチ)の質問に、このあいだクラブで知り合ったと(アズマ)(カムラ)が思い出したように口走る。


「あぁ、山茶花(カメリア)ん時のDJさんやんな」


それを耳にした(マオ)の雰囲気が一瞬変わった。感じ取った(アズマ)が‘こいつは【宵城】と関係ないよ’と声を飛ばし、紫煙を流す燈瑩(トウエイ)(マオ)に視線を送る。短い沈黙。(マオ)は手に取った酒瓶を(かたむ)け、中身を啜って唇を湿らし‘そうだな’と言った。

男は皆を見回して、なんとなくの事情を了解するやニット帽を脱いで(マオ)に向き直り口を開く。


「あの件で迷惑かけたのか?だとしたら───悪かった。謝ってどうにかなるもんでもねぇけど」


存外に真摯な声音と態度。(マオ)は眉をあげ、フッと笑うと自分の横の椅子を引いた。


「お前のせいってこともねーだろ。座れよ」


促されて、テーブルに歩み寄り椅子へと腰を下ろす男。隣の(イツキ)が急に月餅を差し出す、(イツキ)なりの挨拶代わりの(しな)。男はそれを戸惑いながら受け取り‘ありがと’と礼を述べる。


「いらっしゃいませ。ていうかよく【東風(ウチ)】わかったね」

「クラブに来るネーチャン達に聞いた。ピンクカジノで働いてる()、最近お前あんま遊んでくれなくてつまんないつってたよ」


サラッと返され若干気まずい表情をする(アズマ)。キャストに人気があるのは(アズマ)自身ではなくその金の使い方や賭けっぷりなのだが、まぁとにかく。

初めまして!大地(ダイチ)です!と幸運曲奇(フォーチュンクッキー)をわける大地(ダイチ)に、サンキュ、(タクミ)って呼んで。呼び捨てでいーよと男は名乗った。


「ここ菓子屋?薬屋かと思ってたんだけど」

「薬屋です。お茶や漢方も御座います」


(タクミ)の疑問に、(アズマ)は煙草を渡しつつフザケて畏まったお辞儀。


「飯屋にもなるけどな」

「飯屋は(おまえ)んとこでしょ」

「あー、ここはB&Bだったか。飯だけじゃなくてベッドもあるし」

「やめてよ!また誰か転がり込んできちゃう!」


からかう(マオ)に反論し、ハッと(タクミ)を見る(アズマ)(タクミ)が俺は家あるよと答えると(マオ)は残念そうに低く笑った。


(タクミ)はDJなの?プッシャーなの?」

「DJっつーほどでもないけど…プッシャーはバイト」


サイコロを振りつつザクッと斬り込む(イツキ)へ、煙草のボックスを開封しながら答える(タクミ)。どことなく浮かない声音。(イツキ)はそっかと頷き、暇なら友達(レン)の店にご飯を食べに行かないかと誘う。(マオ)燈瑩(トウエイ)を顎で示した。


燈瑩(こいつ)がイイ酒奢ってくれるぜ。なぁ」

「俺?ってことは(マオ)、また財布持ってきて無いんでしょ」

「そうだにゃあ。そんかわし、あとでみんなで【宵城(ウチ)】で飲んでけよ。プラマイプラだろ」


舌を出す(マオ)燈瑩(トウエイ)は破顔、(レン)に電話をしておこうかと言ってポケットから携帯を取り出す。予約いれるほどの店かよと愉快そうに喉を鳴らす(マオ)


「別に席あんじゃねぇの」

「でも7人でしょ?いつもより多いじゃん」


と、大地(ダイチ)が発した‘7人’という数字に、食肆(レストラン)からの夜總会(キャバクラ)の流れへ承諾もしていないのに巻き込まれていると気付いた(タクミ)が面食らった顔で呟いた。


「なんか…お前ら、仲良いんだな…」


その言葉に元気よく首を縦に振る大地(ダイチ)、肯定せずとも否定はしない(マオ)、せやなと同意する(カムラ)へ笑いかける燈瑩(トウエイ)、再び月餅を差し出してくる(イツキ)。‘ご新規さんも大歓迎ですよ’と(アズマ)が口角を上げると、キョトンとしていた(タクミ)は頬を緩めた。




───この出会いが新たな騒動の引き金になるとわかるのは、ここからまた少し後の話だ。





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