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九龍懐古  作者: カロン
有害無益
179/492

情報収集と右往左往

有害無益6






「よ、大哥(おにいさん)山茶花(カメリア)売ってくれない?」




開口一番。




ヘラヘラした態度で話しかける(アズマ)に、DJは露骨に苛立ち顔をしかめた。


「誰だお前、俺の客じゃねぇだろ」

「九龍のしがない薬師ですぅ。前は香港の【黑龍】に居たけど」

「は?デケェ(くち)叩くんじゃねーぞ眼鏡」


(すご)まれた(アズマ)は眉毛を下げる。やだ(みんな)して眼鏡眼鏡って…俺、他に特徴ないのかしら…あっ藍漣(アイラン)がつけてきたアダ名はノッポだったな。眼鏡とどっちがいいかとなると微妙だな。(アズマ)がそんな事を思い返しているのが表情にあらわれたのか、DJはますます機嫌を損ねトイレから出ていこうとした。トンッと壁に腕をついて行く手を(はば)(アズマ)


()ぁーってよ!山茶花(カメリア)のお話ししたいの!言い値で買うから譲ってくれない?」

「やだよ、どけ。素性も知らねぇのに」

「【黑龍】の薬師だってば!【天堂會】のもやったけど。結構評判良かったのよ?大哥(おにいさん)にも悪くない出会いじゃない?」


嘘ではない。‘評判いい’のくだりをほんのり()っただけ。(アズマ)はパーカーのポケットから、(カムラ)にわけた物とは違う煙草を取り出す。


「俺、山茶花(カメリア)の成分当てられるよ。ベースは【白蛇】と【一角】あたりで【宝々珠】にも寄ってるけど、もっと出来がいいから大陸の製薬会社が噛んでる。俺もドラッグ作ってるからわかるんだわ…で、これオリジナル配合のハーブなんだけどちょっと吸ってみない?草だからって(あなど)っちゃ駄目よ。山茶花(カメリア)が好きならお気に召すと思うなぁ」


DJは、流暢にプレゼンをする(アズマ)と煙草を交互に見比べ───渋い表情のままではあるものの申し出を承諾。(アズマ)の薬剤の分析は正しい、実力を表明するには十二分。そして、実力者が精製した新作とあらば気になるのは売人の(さが)だ。

2人は一旦(いったん)クラブを抜け、路地裏で煙草に火を点ける。1本吸い終わる頃にはDJの態度は急変、満足そうに‘上物じゃん’との賛辞。そこからドラッグについてポツポツと漏らしはじめた。


「俺は言われた通りにバラ撒いてるだけだよ。その前の事もその後の事も聞いてない」

「九龍での胴元は誰なわけ?面通ししてみたいんだけど。俺いいルート持ってるよ?」

「詳しくねぇけど、(チェン)(ウー)って男。(あいだ)に何人か挟まってっから俺も直接は…でもお前が九龍(ここ)のルートあんならどっかで繋がんじゃねーの?知り合い居ねぇのかよ」

「んー…そうね…」


知り合い、かなりバタバタ死んだんだよな。(アズマ)は靴底で吸い殻を踏みつけ言葉を濁す。


このプッシャーは【宵城】方面にちょっかいをかけてはいなさそう。シロだ。話から推察するに、やはり根回しをしているのは胴元、(チェン)(ウー)。名前を聞き出すことに成功したのはデカい、あとは(カムラ)にバトンタッチだな。

DJは‘数個ならタダでわけてやる’と山茶花(カメリア)を大盤振る舞い。(アズマ)は礼を兼ねボックスごと特製煙草を贈呈した。


二言三言(ふたことみこと)の無駄話をしてDJと別れ、店内に入りテーブルへと戻る(アズマ)。席では(カムラ)燈瑩(トウエイ)がスナックをかじっている。あの()どうしたのと尋ねる(アズマ)に、だいぶ酔った(・・・)みたいだからお店の人に迎えに来てもらったと燈瑩(トウエイ)。ピッと支配人の名刺を掲げ(アズマ)に投げる。キャッチした(アズマ)はそれを一瞥して(カムラ)に弾き、(カムラ)も文字を読んだだけでまた燈瑩(トウエイ)に返す。その行動に燈瑩(トウエイ)は卓へ伏して爆笑。いい歳をした男達が揃って夜總會(キャバクラ)オーナーの名刺を突っ返してくるとは…(カムラ)はまだしも(アズマ)まで何時(いつ)からそんな一途に…。肩を震わす燈瑩(トウエイ)に、笑わないで(んといて)下さいと2人の声がハモって聞こえた。


「てか(アズマ)山茶花(カメリア)本物(ほんもん)かどうか見ただけでようわかるな」


感心する(カムラ)へ、(アズマ)は唇の端を吊りあげる。


「見ただけじゃ90(パー)ってとこよ。今は100(パー)だけど」

「ん?見る以外に何かしたん?」

「喰った」


この感じ絶対そう、と言いつつケロッとしている(アズマ)。そういえば燈瑩(トウエイ)がテーブルに持って来た際に確認したっきりで、そのまま錠剤は姿を消していた。片付けたかと思いきや試していたのか…胃袋に片付けたといえばそれはそうなのだが、この違法薬師は…。(いぶか)しげに見詰める(カムラ)を意に介さず、(アズマ)はDJに譲ってもらった山茶花(カメリア)のパケットを‘食べる?’と燈瑩(トウエイ)の前に置いた。それをスパァンと(カムラ)がはたく。

ギャッと悲鳴をあげた(アズマ)は普段の反射神経から掛け離れた速度で手を伸ばし、袋が彼方へ飛んでいく寸前ギリギリでおさえこんだ。スーパーセーブ。


「やめて!?高価(たか)いのよコレ!?」

燈瑩(トウエイ)さんに変なもん薦めんといて!!」


(オカン)が怒鳴ると‘別に燈瑩(おまえ)平気だろ’とのたまう(アズマ)燈瑩(トウエイ)は笑って‘ケミカルはどうかなぁ’と答える。なんだそれ。ボタニカルならいいのか。(カムラ)は目の前の悪徳商人2人よりも、いちいち右往左往している自分のほうが間違っているような錯覚に陥るのだった。

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