ハチミツとアルマンド・後
有害無益4
まったりした空気の中、蓮に持たされた土産をわざとらしくソファの端へよける燈瑩。横の女性はその紙袋に目を止めピッと人差し指を立てる。
「それなぁに?」
「知り合いの違法薬師のお店のスイーツ」
燈瑩が小声で──正確には違法薬師はただのキッチン手伝いだが──答えると彼女は数回まばたきをし、それから悪戯な表情で燈瑩の耳元に口を近付けた。
「私もさ。いいお薬知ってるよ」
「へぇ?どんなの?」
興味を示す燈瑩に、周りを見渡してからヒソヒソと話し始める女性。
「お花のスタンプ推してある可愛いやつで、超キマるんだよ。でも今はなかなか手に入らないし値段も高くなっちゃって…だからね、私ここじゃなくって別のお店に移るつもり。お金欲しいんだもん。お兄さん、新しい店にも来てくれる?」
───花のスタンプ。山茶花か。
瞳を覗き込む女性に顔を寄せ、毎日行く、と答える燈瑩。自分にはなんら関係がないのに上は終始ドギマギしている。燈瑩が柔らかく質問を重ねた。
「移動先は何ていうお店?」
「えっとぉ、名前はまだわかんなくて…新店なのかなぁ?老人后楼の方のクラブの人から紹介してもらったの。お給料凄いんだって」
「薬もその人から仕入れてるんだ?」
問い掛けに彼女はペロッと舌を出し、お薬は別の人、でも同じクラブの仲間だよ。内緒にしてね?とはにかむ。
ならばその人物に接触出来れば御の字。どうやって話を持っていこう…逡巡する燈瑩の腕を女性は取り、胸焼けしそうなほど甘い声音で囀った。
「ね。アフターしない?私今日ヒマなの」
仕事終わりのデートへのご招待、絡められた指に燈瑩がほんのわずか瞼を伏せる。この娘、太そうな客には初回から色を仕掛けて繋ぐタイプか───スムーズで有り難い。
「しよっか。そしたらさ、そこのクラブ俺も行ってみたいな」
手を握り返し微笑む燈瑩に、うーん…と唇を尖らせて考える女性。初対面の人間を連れて行くのを迷っている様子、売人から色々忠告されているのだろう。もう一押し。
「駄目?アルマンドもう1本開けるから」
言いながら燈瑩がまた顔を寄せると、彼女は仕方ないなぁと眉を下げるも満更ではなさそうな雰囲気。
え、あれ唇くっついとらん?くっつ…いとらんのか。ギリギリやない?危なない?自分にはなんら関係がないのに上は終始ドギマギしている。
シャンパンが空になったあたりで燈瑩は会計を精算、プラス、閉店までのセット料金も上乗せで支払った。女性達に仕事を切り上げてもらうためだ。額面より多く札束を積み、釣りはいらないとスタッフへ伝票を返却。
面識の薄い一見のアフターでは店舗側に警戒される場合もある、羽振りの良さは保険。金を受け取った支配人は燈瑩へ恭しく名刺を渡しキャストに帰り支度を急がせた。
着替えを待つ間、燈瑩は東に‘花街のクラブへ来て欲しい’と微信。既読になったが返信は無し、続けざまに‘おごり’と打てば光速で押されるサムズアップのスタンプ。
上に付いていた娘は山茶花とはあまり関連がなさそうだったので、燈瑩は二手に分かれることを提案。自分は指名の子と例のクラブに行くから上はそっちの子と夜食でもつまんだのち解散、東と合流してこちらへ向かって欲しいと依頼。数分後、私服にチェンジした女性達を連れ店舗をあとにし手筈通りに事を運ぶ。
燈瑩が案内されたのは花街でも中流階級側にある建物の地下のクラブだった。なかなか良い場所に居を構えているし、箱も小綺麗。カウンターでオススメの酒を頼み隅のテーブルで干杯すると、彼女は顔見知りの売人を見付けたようで‘ちょっと待ってて’と言い残しフロアを駆けていく。その隙に燈瑩は上へ場所と店名を送信、すぐさま了解の絵文字のレスポンス。携帯をたたむと同時に女性が戻ってきて、5センチ四方の小さな袋を燈瑩へ差し出した。中には錠剤が数粒。ドラッグ。
「これ、サービスでもらってきたからわけてあげるね」
言いながら彼女は一粒唇にくわえ、カクテルでクイッと流し込む。残りを袋ごと渡された燈瑩は表面のマークに目を凝らした。植物のスタンプが捺してはあるけど…東が来たら聞いてみるか。女性へと直接尋ねる事も可能だが、山茶花を探しているのを勘付かれない方が都合がいい。小袋をポケットにしまい東の到着を待った。




