ハチミツとアルマンド・前
有害無益3
電話口から聞こえる東の声。
「こっちのルートはみんな殺られてるよ。下まで薬撒きたくなかったんじゃねぇの?」
薬を寄越してきたプッシャーに限らず山茶花を取り扱っているらしき人間を色々当たってみたが、どいつもこいつも死んでいた。
そもそもどうやらこの山茶花、富裕層をターゲットに販売されていたドラッグのようだ。それをちょろまかした売人達が中流階級以下に流しだし、釣り上げた魚をまとめて他の所に売り飛ばしている。薬の価格は高騰したのではなく元値に戻っただけの話だった。
しかしその動きを良く思わない大陸側の人間達がプッシャーを一掃しはじめた。それでも雨後の筍のように小悪党はどんどん頭を出すが、筍にも限りはあるもの。収穫されだしたなら間口はいくらか狭まってくる。
「おっけーおっけー、お疲れメガネ。3000香港ドルくらい引いとくわ」
「いいのよ色付けてくれても?プラスにっ」
「拜拜」
心無い労いを伝え、東がまだ何か喋っているにも関わらず猫は通話終了ボタンを押した。
売人同士のルートが追えないのならば、もう一方、つまりこちらの女性スタッフの友人のルートが重要性を増す。
燈瑩はチラリと時計を見た。動くには悪くない時間帯。上を迎えに行くと言いながら腰をあげ会計を尋ねる燈瑩に、猫は要らねーよと手をヒラヒラ振った。1番高価いモノを頼めと煽ったくせに…これだから猫は…燈瑩は愉しそうに表情を崩して、猫の掌に自分の掌を合わせる。パンッと小気味良い音が鳴った。
燈瑩が蓮の食肆を覗くと、緊張しっぱなしの面持ちの上が待っていた。大地は樹が家まで送ってくれるようだが【宵城】に泊まってしまうという手も使える、今日は猫も文句は無しだ。蓮から新作の菓子を手土産に貰い、燈瑩と上は件の店へ足を向ける。
店舗は花街の貧困地域寄りに位置しており、外観はさほど高級感はなく内装も然り。
まずはフリーで入店し、案内されたテーブルから遠目で従業員達を確認。源氏名は控えてあるがいきなり名指しでは不審だし【宵城】及びキャストの話も出さないほうがいいだろう…事前に聞いてきた友人の身体的特徴と、待機している女性とを照らし合わせていく燈瑩。
明るい茶髪、ショートカット、小柄、つり目で口元に黑子。あの娘か?ソファ席の1番端に居る青いドレス。ウェイターを呼び止め彼女が気になると告げ名前を聞く。ビンゴ。
「指名で」
燈瑩が短く言うとウェイターは一旦下がり、お目当ての女性を連れて帰ってきた。不思議そうな表情の彼女を隣に座らせ、燈瑩は正面の壁に張り付いた棚に飾られているシャンパンを指差す。アルマンド・ロゼ。
「あれ好き?飲もっか」
その誘いに女性の瞳が輝く。メニューを開いていた上が料金表の値段と注文されたボトルを見比べ、目玉が落ちそうなくらいに瞼を広げた。
シャンパンが運ばれてくるとキャストは燈瑩に身体をくっつけて、お兄さん気前いいね、しかもカッコいいしと上目遣いで囁く。何で私のこと選んだのとの質問に燈瑩が一目惚れと返せば、彼女は殊更嬉しそうに笑った。
ボケッとそれを眺めていた上だが、自分の役割を思い出し慌てて女性に尋ねる。
「なぁ!仲良い女の子とか、他に居らんの?居ったら席呼んで皆で水果でも食べよや」
上の言葉に彼女は頷き、友人を席につけてもらうようスタッフへ頼んだ。ほどなくもう1人キャストがやってきて上の隣へと着座、第一声は‘プーさんみたい!’。ハチミツ。
同じ店で働いていたって全員が仲良しという訳では無い、ライバル関係やヒエラルキーもある。気のおけない人物を卓に呼べば自ずとガードも弛まるものだ。
他愛もない会話を続け1時間が過ぎ、ワンタイム追加を強請る女性。もちろん燈瑩が断るはずもなくあっさり延長、飲み方をいくらかスローペースに切り替えた。
更に1時間経とうという頃、キャストが交渉を始める前に燈瑩はスタッフに合図、再びサラッと延長。感嘆の声を上げ抱き付く女性の髪を笑って撫でる。
まったくもってどうリアクションしたらいいかわからない上は、自分についてくれているキャストへメニューを手渡し飲み物を勧めてみた。食べ物でもええでと一言付け加える、これが限界。‘ありがとうプーさん!’とニッコリされた。ハチミツ。




