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九龍懐古  作者: カロン
有害無益
176/492

ハチミツとアルマンド・前

有害無益3






電話口から聞こえる(アズマ)の声。


「こっちのルートはみんな()られてるよ。下まで薬()きたくなかったんじゃねぇの?」


薬を寄越してきたプッシャーに限らず山茶花(カメリア)を取り扱っているらしき人間を色々当たってみたが、どいつもこいつも死んでいた。


そもそもどうやらこの山茶花(カメリア)、富裕層をターゲットに販売されていたドラッグのようだ。それをちょろまかした売人達が中流階級以下に流しだし、釣り上げた魚をまとめて他の所に売り飛ばしている。薬の価格は高騰したのではなく元値に戻っただけの話だった。

しかしその動きを良く思わない大陸側の人間達がプッシャーを一掃(いっそう)しはじめた。それでも雨後の筍のように小悪党はどんどん頭を出すが、筍にも限りはあるもの。収穫(・・)されだしたなら間口はいくらか狭まってくる。


「おっけーおっけー、お疲れメガネ。3000香港ドルくらい引いとくわ」

「いいのよ色付けてくれても?プラスにっ」

拜拜(バイバイ)


心無い労いを伝え、(アズマ)がまだ何か喋っているにも関わらず(マオ)は通話終了ボタンを押した。


売人同士のルートが追えないのならば、もう一方、つまりこちらの女性スタッフの友人のルートが重要性を増す。


燈瑩(トウエイ)はチラリと時計を見た。動くには悪くない時間帯。(カムラ)を迎えに行くと言いながら腰をあげ会計を尋ねる燈瑩(トウエイ)に、(マオ)()らねーよと手をヒラヒラ振った。1番高価(たか)いモノを頼めと煽ったくせに…これだから(マオ)は…燈瑩(トウエイ)は愉しそうに表情を崩して、(マオ)(てのひら)に自分の(てのひら)を合わせる。パンッと小気味良い音が鳴った。


燈瑩(トウエイ)(レン)食肆(レストラン)を覗くと、緊張しっぱなしの面持ちの(カムラ)が待っていた。大地(ダイチ)(イツキ)が家まで送ってくれるようだが【宵城】に泊まってしまうという手も使える、今日は(マオ)も文句は無しだ。(レン)から新作の菓子を手土産に貰い、燈瑩(トウエイ)(カムラ)(くだん)の店へ足を向ける。


店舗は花街の貧困地域寄りに位置しており、外観はさほど高級感はなく内装も(しか)り。

まずはフリーで入店し、案内されたテーブルから遠目で従業員達を確認。源氏名は控えてあるがいきなり名指しでは不審だし【宵城】及びキャストの話も出さないほうがいいだろう…事前に聞いてきた友人の身体的特徴と、待機している女性とを照らし合わせていく燈瑩(トウエイ)


明るい茶髪、ショートカット、小柄、つり目で口元に黑子(ほくろ)。あの()か?ソファ席の1番端に居る青いドレス。ウェイターを呼び止め彼女が気になると告げ名前を聞く。ビンゴ。


「指名で」


燈瑩(トウエイ)が短く言うとウェイターは一旦下がり、お目当ての女性を連れて帰ってきた。不思議そうな表情の彼女を隣に座らせ、燈瑩(トウエイ)は正面の壁に張り付いた棚に飾られているシャンパンを指差す。アルマンド・ロゼ。


「あれ好き?飲もっか」


その誘いに女性の瞳が輝く。メニューを開いていた(カムラ)が料金表の値段と注文されたボトルを見比べ、目玉が落ちそうなくらいに瞼を広げた。

シャンパンが運ばれてくるとキャストは燈瑩(トウエイ)に身体をくっつけて、お兄さん気前いいね、しかもカッコいいしと上目遣いで囁く。何で私のこと選んだのとの質問に燈瑩(トウエイ)が一目惚れと返せば、彼女は殊更(ことさら)嬉しそうに笑った。


ボケッとそれを眺めていた(カムラ)だが、自分の役割を思い出し慌てて女性に尋ねる。


「なぁ!仲良い女の子とか、他に()らんの?()ったら(ここ)呼んで(みんな)水果(フルーツ)でも食べよや」


(カムラ)の言葉に彼女は頷き、友人を席につけてもらうようスタッフへ頼んだ。ほどなくもう1人キャストがやってきて(カムラ)の隣へと着座、第一声は‘プーさんみたい!’。ハチミツ。


同じ店で働いていたって全員が仲良しという訳では無い、ライバル関係やヒエラルキーもある。気のおけない人物を卓に呼べば(おの)ずとガードも(ゆる)まるものだ。


他愛もない会話を続け1時間が過ぎ、ワンタイム追加を強請(ねだ)る女性。もちろん燈瑩(トウエイ)が断るはずもなくあっさり延長、飲み方をいくらかスローペースに切り替えた。

更に1時間経とうという頃、キャストが交渉を始める前に燈瑩(トウエイ)はスタッフに合図、再びサラッと延長。感嘆の声を上げ抱き付く女性の髪を笑って撫でる。

まったくもってどうリアクションしたらいいかわからない(カムラ)は、自分についてくれているキャストへメニューを手渡し飲み物を勧めてみた。食べ物(フード)でもええでと一言付け加える、これが限界。‘ありがとうプーさん!’とニッコリされた。ハチミツ。

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