山茶花とニューカマー
有害無益１
「山茶花ってどーにかなんねぇの」
穏やかな午後、【東風】、紫煙を吐き出し猫が問う。競馬新聞から顔を上げた東は少し考えて口を開いた。
「なんねぇな。ありゃ出来がイイよ」
植物のことではない。山茶花とは、最近巷で出回る、あるドラッグにつけられた名前だ。安値の低品質がゴロゴロ排出される中ひょっこり現れたやたらとスペシャルな代物で、錠剤に可愛らしく押された山茶花のマークが特徴。クラブやバーで見掛けるようになってから瞬く間にアンダーグラウンドで──九龍全体がアンダーグラウンドではあるが──流行り、熱が冷めやらぬうちに更に地下へ潜った。ジャンキー達はそれを追い掛け深海にダイブしていき、今や訳の分からない場所で訳の分からない額が動いている。
とにかく出来がイイ。中毒者を作るのが早く、１回で驚くほどハマるくせに、身体的な異常があまりでない…要は、死にづらい。この界隈で大切なものはリピーターだ。
「誰かハマってんの？」
東の質問に猫は‘まぁな’とだけ答えたが、猫の周囲の人間といえば【東風】にたむろしているメンツか【宵城】の従業員くらい。【東風】じゃないなら【宵城】である、別に訊く必要も無かった。
「あれ多分、製薬会社が絡んでるよ。成分が良過ぎ。その辺の半グレじゃ無理だと思う」
言いながら煙草に火を点ける東。
実は試したことがあった。常に新商品チェックは欠かさない東だが、それとは別に、顔見知りのプッシャーから発売当初に現物を数個タダで貰っていた。飲んだり砕いたりしてみた感想はサイコー、これに尽きる。正直何をどう試してもあまり効きはしないのだけど、良し悪しはわかる。あきらかに上物だった。というか上物過ぎる。
「この前の【天堂會】みたいなもんなん？」
「いや…闇医者ってより、山茶花は製造元からして違うような」
「どっちも医療関係ちゃうん」
「んー、【天堂會】はもともとある薬を改造してオリジナル作ってた感じじゃん？山茶花は、そのもともとある薬自体っつうか…もう工場があって生産ラインも確立されてるやつな気がする」
首を傾げる上に東は私見を述べた。恐らく台灣の角頭の１件で九龍が揺れた際に大陸から入った連中、母体は中国にあるのだろう。先んじて富裕層地域あたり、その後ジワジワと中流階級や花街にまで降りてきた。
パイプの煙を輪っかにする猫。
「潰そうとか思ってねんだよ俺ぁ、上と違って。薬がどっから来てんのか知りてぇの」
「俺も思っとらんかったって！」
【天堂會】の件は結果的にそうなっただけと主張する上を無視し、猫はプッシャーから足取り追えねぇのと東に話を戻す。追えないこともないと返答をしつつ嫌そうな顔をする東。にわかにゴタつく予感があるものの、万が一の事態が発生した際に腕っぷしに全く自信がない為だ。しかし、猫の放った‘ツケまけといてやる’の一言へ、すぐに‘任せろ’とキリッとした返事。
「夜中までに結果出すわ」
「いきなり早ぇな」
早速携帯をイジる東に若干呆れた声で返し、じゃ後で連絡くれと言って城へ帰ろうと立ち上がる猫に上が声を掛ける。
「もう行くん？店開ける時間ちゃうやん」
「色々やる事あんだよ。饅頭ヒマなら夜に燈瑩連れて来いよ」
「ええけど、大地も来んで」
「呼んどけ。吉娃娃が新作あるつってたし」
その情報に樹がガタッと椅子を動かす。一緒に行こかと上が誘えば樹は秒速で快諾。
ん？俺、仲間外れじゃない？と東が呟くも、特に誰も聞いてはいなかった。
