表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
日常茶飯
171/492

瑣末と休日・後

日常茶飯6





 

香港、中心地からはだいぶ外れた、しかしそれなりに賑わう街の片隅。アタッシュケースを片手に燈瑩(トウエイ)は石澳の事務所を訪れる。


勢いづいているグループとは仲良くしたい…なんてリップサービスで約束を取り付け、例のマフィアに菓子折り(・・・・)を持って来た。疑われることもない、人当たりが良いのは自分でもわかっているし、それ以上にこの世界で重要なのは‘金払い’だ。


室内(なか)に入って当たり障りない会話を交わし、事前に連絡した通りのシナリオをつらつらと話す。荷物をテーブルに乗せ営業スマイル。


「で、九龍側(こっち)(さば)いてるドラッグを香港側(そっち)でも扱ってくれないかなと思って」


もともとアンバーの販路を欲しがっていた半グレ共だ、新規ルート開拓の提案が通らないはずがない。燈瑩(トウエイ)がアタッシュケースを開くと詰まっている札束に男達がニヤけた。その下にはお馴染み【東風】特製ハーブバッグがギッシリ。(アズマ)がオマケでくれた粉薬──出来に納得がいかなかった試作品──もサンプルとしてわんさか入っている。


「これは俺からのサービス。今後ご贔屓(ひいき)にしてくれると嬉しいんだけど」


燈瑩(トウエイ)が改めてニッコリ笑うと、各々(おのおの)思い思いにハーブや(ドラッグ)を手に取り合意するマフィア連中。今日は挨拶だけでもうお(いとま)する、プレゼントをゆっくり楽しんでくれと告げ燈瑩(トウエイ)は建物を後にした。

煙草に火を点け、振り返りもせず(わず)かに早足で路地を抜ける。角をいくつか曲がり、それなりの距離をとった所で携帯の時計を確認。





そろそろかなぁ。





瞬間、爆発音が燈瑩(トウエイ)の背後で響いた。といっても既に距離は遠く、何か聞こえたなくらいの音量ではあったが。どうやら底上げしたアタッシュに隠れていたC4(シーフォー)が皆様に上手(うま)ご挨拶(・・・)したみたい。良く出来ました。


通りの向こうから的士(タクシー)が来るのを目に止め手を上げる。拾って乗り込み行先を告げた。


「飛ばしてもらってもいいですか?ちょっと急いでて」


言いながら燈瑩(トウエイ)がチップを出せば、運転手は張り切ってアクセルを踏み込む。


決め手は‘香港側に行く’という大地(ダイチ)のメール。どちらを潰しどちらを残すか選びあぐねていたが、出掛ける予定が舞い込んだのでついで(・・・)にこなせる方にしただけの話。もし‘台灣に行く’なんて連絡が入ればそちらにC4(シーフォー)を連れて行っていた。だってどっちでもよかったんだから。



きっかけなど、いつだって些細な事なのだ。



山間(やまあい)を通り過ぎ、背の高い人工物がチラホラと目に映り始めた。香港は世界有数の摩天楼、天へと伸びるスカイスクレイパーはまさに圧巻。夜景は100万ドルなどと謳われる。

整然と建ち並ぶ統率の取れた巨大ビル群を横目に、燈瑩(トウエイ)は雑多な九龍の違法建築の住人達について思いをめぐらす。


長安楼の老人会にお菓子買って帰ろう。花街側の風俗店が乱闘騒ぎ起こしたときに迷惑かけちゃったんだよな、今度また麻雀も付き合わないと。大地(ダイチ)も連れて行こうかな、この前一緒に顔出したら(クォク)のお婆ちゃんすごく喜んでたっけ。烏雞沙(ウーカイサー)に居る孫が会いに来てくれたみたいで嬉しいとかって…。


考えているうちに窓の外の景色は流れ、数十分もすれば市内の繁華街周辺に到着。燈瑩(トウエイ)は釣りも貰わず車を降り、適当に人混みに紛れる。


さて、大地(ダイチ)(イツキ)が居るのは新しく出来た饅頭のお店、名前は確か───…


(ゴー)!」


探すより先に大地(ダイチ)の元気な声がした。走り寄ってくるその手には、ゴロンとした立体的なパンダ饅頭。後ろから(イツキ)も歩いてくる。


「あれ?テイクアウェイにしたの?」

「うん、(ゴー)が来てくれるって言ったから」


訊ねる燈瑩(トウエイ)へ、饅頭を掲げて見せる大地(ダイチ)熊猫(パンダ)の姿はぬいぐるみのようで愛らしい。食べるの可哀想だねと目尻を下げる燈瑩(トウエイ)の横で、思い切り頭から丸かじりしていた(イツキ)が首無しパンダに視線を落とし申し訳無さそうな表情を見せたが、数秒後には胴体も口の中へと消え去っていた。まだ数匹残っている小さな生き物達、次はどこからいただこうかと微妙に悩んでいる(イツキ)の顔を燈瑩(トウエイ)は覗き込む。


「そういえば(イツキ)、クリュッグの瓶に花飾ったんだって?」

「ん?うん。花屋で買ったやつと大地(ダイチ)が摘んできてくれたやつ」

「そう!前に(イツキ)と見付けた花!」

「いいね。(アズマ)喜んだでしょ」

「んーん、めちゃくちゃ泣き喚いてる」

「何で?」

「何で?」


キョトンとする燈瑩(トウエイ)大地(ダイチ)に、わかんないと首を傾げる(イツキ)

あの花可愛いのに、(マオ)に似てるし…と呟く大地(ダイチ)(イツキ)が頷く。その言葉で(アズマ)が泣き喚く理由を察した燈瑩(トウエイ)は、ただ黙って微笑んだ。


賑わう香港の街。お菓子を物色しつつ散歩していると、大地(ダイチ)がアクセサリー店のショーウィンドウで足を止めた。


「あ!ごめん、ちょっと待って!」


言うが早いかカシャカシャ写真を撮り始める。欲しいのかと燈瑩(トウエイ)が問えば、俺じゃなくて(カムラ)!送ってって言われたの、との返答。


(ヨウ)さんとデートするからだよ、多分」


携帯のカメラをタップしつつ大地(ダイチ)はシシッと笑う。


(ヨウ)へと贈るつもりかな、というか、上手く行ってるんだ…良かった…そう思う燈瑩(トウエイ)の口元が自然と(ほころ)んだ。視線を上げれば交差点には(ヨウ)の看板、化粧品の広告。赤いシャドウとリップがよく映えて妖艶だ。(イツキ)が写真を撮っている、メッセージに添付、宛先(カムラ)。そんな(イツキ)大地(ダイチ)の姿をカメラにおさめ、燈瑩(トウエイ)(カムラ)微信(チャット)を送った。方々(ほうぼう)から同時多発的に(ヨウ)に関する連絡がきて(カムラ)狼狽(うろた)える(さま)が目に浮かぶ。


「あとはどこのスイーツ買いたいの?せっかくだし全部回ろうか」

「わーい!(ゴー)ありがとう!」

「はんははんひゅうほっほほひぃ」

(イツキ)、なんて?」




数時間後。(レン)食肆(レストラン)で皆で夕飯をとっている最中に石澳の爆発騒動のニュースが入り、燈瑩(トウエイ)(マオ)に‘そういうとこだぞお前’と言われることになるが、それはまた別の話だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ