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九龍懐古  作者: カロン
日常茶飯
168/492

ラムネと紫荊花

日常茶飯4






85点。






(アズマ)は調合した薬を眺めて頬杖をつく。

テーブルに敷いた紙の上に散らばる粉、粉、粉。それをカサカサと集め計量器へ少しずつ慎重に落とす。


此度(こたび)の新作、(アズマ)の自己評価は85点。しかし他のジャンキーに使用後の感想を聞いたら恐らく90点以上くれるだろう。(アズマ)は自分が精製す(つく)るドラッグに関しての採点が割と厳しい、高品質がウリだと謳うだけの事はある。


小分けにした物をチマチマとビニール袋に詰めていく。量と料金設定に微妙に悩む(アズマ)。0.2グラムずつわけるか?いや、0.25いくか。発売記念サービスだ。いくらで(さば)こう?会心の出来ってわけじゃないしそんなに高くなくてもいいか。1パケ500香港ドルにしておいて、人気が出たら値段を───上げずに量を減らそう。0.2グラムに戻せばいい。


淡々と粉をわけつつ考える。最近やたらと注射器(ポンプ)探してる客が増えたな…若い奴の間では静脈注射が流行ってるらしい。(チョウ)がそんなような話してた。ん?そういや近頃、(チョウ)の姿見ねぇな?あいつ、三代だの李記だの潮州系だの色んなグループを股に掛け過ぎだったから()られちまったかな…単にオーバードーズで死んだだけかも知れないけど。連日連夜、医療関係の建物から注射器パクってきて腕にブッ刺してたもんな…え?俺?俺は鼻からですよ鼻から。針だと痕が残るし痛いじゃないですか。


もっとお手軽に錠剤(ラムネ)でもいいが、制作者側としては固める手間があるのが難点。結局普通に粉に落ち着く。

ラムネといえばこの前、萬里楼の売人が水泥(セメント)みたいな色の凸凹(でこぼこ)のラムネ売ってたなと思い出す(アズマ)。破茶滅茶に低価格だった。中毒者がワラワラと群がっていたけれど(アズマ)は買わずにパス、あんまり安いと混ぜ物が怖い。

富裕層地域はいいとしても、貧困街では医者すら信用出来ない。場当たり的な薬の処方、ビタミン剤とステロイドを混ぜたものが万能薬なのだ。


日が傾きかけた頃、(アズマ)は家を出て如意楼の方面へ向かう。

如意楼はいつでも陰気臭い。スラムのとある一角だが、四方を壁に囲まれ全く太陽光が差さず、通路には風も抜けないので空気が(よど)んでいる。麻薬中毒者がたむろしており、その成れの果ての死体もゴロゴロ転がり、陰鬱さでいえば九龍城内でも指折りの場所。


なので売人や客がわんさか集まる。そうだから集まったのか集まるからそうなったのか、先有鸡还是先有蛋ニワトリがさきかタマゴがさきか?どっちでもいいけど。


正直、(アズマ)は如意楼にはあまり近寄らない。訳の分からない輩にまで無駄に顔が割れるのは好ましくないからだ。プッシャーとの待ち合わせに使うのはその手前、もっと貧困街側の広場や路地裏。

(アズマ)の顧客は基本プッシャー、要は密売人。そこから市場や客へ薬が出回る。(アズマ)が客に直接売ることはあまり無い、【東風】に訪れる人間は別だが──そもそも店では普通のお茶や漢方がメインだけれど──薬を()くのには売人を介したほうがトラブルが少ない。モットーは安心安全。


が。


取り引き場所に着いてすぐ(アズマ)は眉を(ひそ)めた。路地では仲良し(・・・)の売人が待っていた、待っていたけれど、様子がおかしい。

ドラッグでヨレているとかではない。身につけている物だ。何だかやたらと金がかかっていそうな服やアクセサリー、こいつこんなに羽振りが良かったっけ?


「お前…素敵になったね」


どう反応しようか迷った(アズマ)が言葉を絞り出すと、売人は愉しそうにケラケラ笑う。新しいルートから出てきた薬が面白いほど売れるらしい。とにかく数がハケる。今は宣伝の為のバラまきの最中なので安価だが、これからどんどん値上がりしていくとのこと。世話になっているよしみでいくつかわけてやると言って、プッシャーは(アズマ)へ袋に入った錠剤を寄越した。(アズマ)はお礼に自分が渡すドラッグを割引価格にしてやろうかと思ったが、首を横に振られ、むしろ金を多めに支払われた。

よっぽど儲かっていると見える。いや、ハイなだけか?ラリってはいないがなんかキメてんなこいつ…この新薬だろうか。まぁ貰えるものは遠慮なく貰おう、(アズマ)は‘まいど’と軽く感謝を述べて札束をポケットに突っ込む。


互いにチョロチョロと近況報告や情報交換をし、プッシャーと別れると花街の方へ足を向ける(アズマ)。遊びに行こうという訳では無い、【宵城】に漢方を届ける為だ。ついでに、今入った金で昨日のツケを払っちまって(マオ)を驚かしてやろう。


店に着いて部屋に上がり、漢方をテーブルに置く。(マオ)はまだ眠そうな表情をしていた。(アズマ)が商品の代金を差し引いた飲み代の残りを聞いて残高を全て支払うと、眠そうな顔が怪訝そうな顔へと変わる。金を返して怪しまれるなんて…そんなに日頃、胡散臭いかしら…(アズマ)は口を尖らせた。


「喜んでよ(マオ)にゃん」

「喜ばせたいならまずツケんなよ」

「ごもっとも」


当然な言い分。納得する(アズマ)に、テメェにしちゃ精算(はえ)ぇなと一応の賛辞──これは(マオ)にとっては賛辞である──を述べる(マオ)の肩越しに見える、紹興酒のミニボトル。黄色い花が1輪ささっていた。


「あれか。(イツキ)が言ってたの」

「あ?うん、そうそう」


花瓶(・・)を指で示しながら問う(アズマ)へ、札束を数える(マオ)が生返事。


今朝──というか午後──(アズマ)が目を覚ますと、(イツキ)がクリュッグの瓶をシャカシャカ洗っていた。箱の方にはお菓子を詰めて満足げにしており、怒られる事はなさそうと(アズマ)は胸を撫で下ろすも、()ける為の花が無いと首を(ひね)(イツキ)。本当に花瓶探してたんだな、でも何でだろうと不思議に思う(アズマ)だったが。


「なんなのあの花?可愛いじゃん」

大地(ダイチ)が摘んできたんだよ」

(マオ)に似てんね」

「全員それ言ってんな」


(アズマ)の感想に(マオ)が舌打ち。けれどその反応とは裏腹に、なんだかんだで気に入っているように見える。

(イツキ)は何を飾るつもりだろう…え、まさか、同じ花摘んできたりする…?無理無理!!常に(マオ)に見張られてるみたいになっちゃう!!ヒュンッと背筋に冷たいものが走り、慌てて煙草を揉み消し立ち上がる(アズマ)。どこか花屋で花を買って帰ろう。急いだ方がよさそうだ。

いきなり帰り支度をはじめる(アズマ)(マオ)は不審そうに見詰めたが、そんな視線を気にしている場合ではない。(イツキ)微信(チャット)を飛ばしながら【宵城】を出る。


中流階級側の商店街へ行き、花屋を物色。無難なやつは何かな。玫瑰(バラ)向日葵(ヒマワリ)、んー、繡球花(アジサイ)も悪くないけど。

ところで(イツキ)から全然返信が来ない。既読もつかない。やだぁ…頼むから(マオ)を摘んでくるのだけはやめてぇ…?


ソワソワしつつ【東風】へ帰り着くも、(イツキ)の姿は見当たらず。何でも屋のバイトで荷物の配達をするとは言っていたが、もう帰宅していてもいいはず。寄り道か?どこに?花を摘みに?参ったな…。手持無沙汰な(アズマ)が茶を淹れていると、入り口の扉が開く音。


「あれ?(アズマ)早かったね」

「おかえり!!花買ったからソッコー帰ってきました!!」

「え、俺も買った」


(アズマ)が即座に台所から出て(イツキ)に花を見せると、(イツキ)(アズマ)へ花を見せた。



お互い紫荊花(バウヒニア)



「あれ、カブっ…た!!良かったぁ!!」


喜ぶ(アズマ)に、カブって良かったの?と(イツキ)が首を傾げる。‘良かった’はカブったことに対しての言葉ではなかったのだが、それは置いておいて。


「いいじゃんいいじゃん、飾ろう」

「どこ飾る?」

「どこでもいいよ、紫荊花(それ)なら」


紫荊花(これ)じゃなかったら位置が決まっていたのかと疑問を口にする(イツキ)。例の黄色い花であればなるべく目につかない所に置こうとしていた(アズマ)だったが、そうとは伝えず笑って誤魔化した。

かくて2輪の紫荊花(バウヒニア)は寝室窓際──【東風】の中ではベストだとおぼしきポジション──に堂々たる風格で陣取る運びに。



後日、(イツキ)も花瓶を手に入れたと耳にした大地(ダイチ)が良かれと思って花を摘んでくる(・・・・・)事を、この時はまだ誰も知らない。


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