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九龍懐古  作者: カロン
日常茶飯
165/492

博徒と大酒家

日常茶飯3






夕刻。

窓から射し込む西日で目を覚ます(マオ)


もう日暮れか…思いの(ほか)寝たな。昨日あちらこちらから同業者が飲みにきて接待したから…酒のヤリ過ぎとかではなく単純に気疲れした。仕事飲みほど面白く無いものはねぇ、溜め息をつき枕元の白乾児(バイガル)(あお)る。


起き上がって洗面台に向かい適当に顔を洗っていると、鏡の横の小瓶が目にとまった。(イツキ)が持ってきた紹興酒のミニボトル。存外可愛らしいので取っておいたら、大地(ダイチ)に花をさされた。その辺で摘んできただけの代物だったが、何となく気に入ってそのままにしてある。少し(しお)れていたから水を替えた。

けど、どっちみちあんまり()たねぇかもな…ドライフラワーにするか…そんな事を考えつつ寝巻きを脱ぎ、いつもの着物を羽織る。


階下に降りるとスタッフ達が開店準備をしていた。(マオ)は出勤状況と来店予定を確認し、ザッと今日の売り上げを見積もる。フリーの客がどれだけ入るかにもよるけれど、正味、週末以外は大した変動はない。割とのんびりした1日になりそうだ。

領収書の束を手に取った。隣は請求書。(アズマ)の売り掛けがまだそこそこある───しかしこいつ、随分と飲み方が綺麗になった。

別にこれまでも汚いという訳ではなかったし今でもキャストのドリンクやボトルを渋るということはないが、誰彼(だれかれ)かまわず口説くのをやめたようだ。意外に藍漣(あいつ)に熱上げてんな?空港での(アズマ)の姿を思い出して、(マオ)はククッと低く笑う。


日が落ちる寸前に電飾を(とも)し、【宵城】は開店。花街が1番輝く時間の始まり。今宵もネオン街はパーティーだ。

毎晩毎晩()きもせず惚れた腫れたで人々はザワつくものの、夜の世界には惚れたも腫れたも本当は存在しない。退一万步(100ぽゆず)って、1割くらいは有るかも知れないが、9割は無い。だのに客というものは全員自分がその1割に入っていると信じている。そう思い込ませる職業なので、仕事としては大成功だが。


ただ飲んで騒ぎたいだけの奴や夜の店の雰囲気が好きというだけの奴も存在する。(アズマ)もどちらかといえば──藍漣(アイラン)の事を抜きにしても──そちらの部類。女好きではあったがその辺りは理解しており付き合い易い。

【宵城】の客は質がいい。金を持っているとかそういった意味合いではなく、分別がつきわきまえて(・・・・・)いる客が多い。店自体がショーや遊びに重きを置くのも理由として勿論(もちろん)あるが、徹底して‘エンターテイメント’を貫いてきた(マオ)の姿勢の賜物。品のない客はお断り、札束積まれても願い下げだ。

お陰様でキャストからの信頼が高く、皆長く居つき一生懸命に働いてくれる。(めぐ)(めぐ)って自分の為、(マオ)はそれをよくわかっている。


従業員に適当に声を掛け、店内を(まわ)り、特段忙しそうな様子も無い事を確かめると(マオ)は自室に戻り携帯を開いた。発信履歴の1番上を押せば(ワン)コール半ほどで聞き慣れた声。


燈瑩(おまえ)暇だろ、カジノ行こうぜ」


(マオ)前口上(まえこうじょう)も無しに本題を投げると、電話口の燈瑩(トウエイ)は愉快そうにした。昨晩【宵城(みせ)】で金を落としていった面々の中に、花街で新しくピンクカジノをオープンさせた奴が居たので挨拶返し──という名の日頃の憂さ晴らし──に顔を出そう、との誘い。特に燈瑩(トウエイ)の予定は気にしてない。こいつはどうせ来る。案の定、いいけどと返事が聞こえた。


30分もせず燈瑩(トウエイ)が【宵城】へやってきた。律儀にボトルを開けてくれる。売り上げ誰かにつけるか?と(マオ)が問えば‘(ソラ)’との回答。大地(ダイチ)のパネルが受け付けに並ぶ日も近い。


スタッフに店を任せ(くだん)のピンクカジノへ向かう。そういやあの辺、前に【天堂會】騒動で獲った獲られたやってたな…(アズマ)のお気に入りのエリアだったような…もしかして眼鏡居るんじゃねぇのかと思いつつ(マオ)は新店の扉を引いた。そこそこ綺麗な内装に派手なミラーボール。暗がりに走る彩り豊かなレーザーの光の奥、賑わうポーカー台に目を凝らす。




普通に(アズマ)が座っていた。




「なにやってんだテメェ」

「えっ何で(マオ)居んの!?」


唸り声と共に(マオ)が足早に距離を詰めれば、ビクッと肩を震わせ(アズマ)が叫ぶ。テーブルには高々と積まれたチップ。結構増やしてんな…イカサマか…?(マオ)は一瞬思索するも、イカサマ(そう)か否かは正直な所どうでもいいのでチップをガサッと2/3(さんぶんのに)ほど奪い取った。再び叫ぶ(アズマ)


「嘘でしょ!?」

「嘘もクソもねぇよ、【宵城(こっち)】支払ってねーのに賭けてっからだろ」

「増やして払おうとしたんですぅ!!」

「んじゃ同じことだろ、金で返そうがチップ(これ)で返そうが」


そうだけど、と(アズマ)は口籠る。


パッと見3万香港ドル弱ってとこか、こりゃ売り掛け全回収だな…考えつつ手元のチップを数える(マオ)。横に腰を下ろした燈瑩(トウエイ)へと雑に半分程わけ、2枚をウェイターに手渡し‘俺と燈瑩(こいつ)にカクテル持ってきて’と注文。(アズマ)が俺のぶん無いのとイジケた。


ふいに見覚えのある女が横から(アズマ)の首に腕を回し、(マオ)に微笑む。


「いらっしゃいませ♪」

「あ?(リン)じゃねーか。店変わったのかよ」

「前の(トコ)、叩かれて無くなっちゃったんだもん。ここニューオープンって聞いたから」


そうだった。返事をしながら(マオ)は光榮楼の1件を思い出す。客引っ張ってこれたのかと(マオ)が問えば、(リン)はボチボチかなと舌を出す。エリアが違うので片っ端から連れてくるのは難しいか。

私にもお酒ちょうだいと(リン)に言われて(アズマ)はチップを数枚寄越した。が、それだけ。軽口を叩いたり肩を抱いたりはしない。卓に突っ伏して笑う(マオ)に、(アズマ)は放っといてよ!閻魔!と悪態をつく。


そこから(しば)しポーカーに興じ、増えたチップはその場で酒へと変換。最終的な(マオ)の手持ちは出だしと変わらない1万5千香港ドル。全額を使って(リン)の名前でクリスタルを卸す、この店のオープン祝いと(リン)への見舞い金だ。


悪くない店だった。ゲームはそこそこ遊べる仕様だし、女もちゃんと揃えていて(ハコ)や出す酒もしっかりしている。仲良くしたら得だと(マオ)は踏んだ…だからこそのクリスタルなのだけれど。

初めに半分わけたチップを燈瑩(トウエイ)が全額返してきたが、(マオ)()らねぇと手をパタパタ振る。燈瑩(トウエイ)はウェイターに頼んで香港ドルへ換金、札束を(マオ)の前に置き‘前払い’と口角を上げた。【宵城】で飲み直そうということ。


オーナーと二言三言(ふたことみこと)交わし、(アズマ)も引き連れ城へ戻る。この眼鏡、また今夜も(またた)()に売り掛けをつくるであろう。懲りない男。


燈瑩(トウエイ)札束(それ)でどんくらい飲めんの?」

眼鏡(テメェ)関係ねぇだろ燈瑩(こいつ)の金なんだから」

「冷たぁ…ちょっとくらい良いじゃない…」

「足出たら(アズマ)にツケといてよ」

「あ、そぉ。じゃクリュッグのヴィンテージ開けるか」

()っか!!一発で足出るよね!!」


ワイワイやりながら【宵城(みせ)】に到着、それからいつも通りに朝まで飲んだ。花瓶にしろよと空になったクリュッグの瓶を(マオ)が投げると、受け取った(アズマ)(イツキ)怒んないかなと眉を下げる。借金に追われているのがバレる度に、恐ろしく冷え込んだ眼で見られるのだ。(あいつ)いま花瓶探してるから大丈夫だと(マオ)はケタケタ笑った。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






空が白み始めた頃に場はお開き、解散して各々家路につく。


(アズマ)は空瓶を──ついでに箱も──持たされ【東風】へ帰宅、とりあえず両方カウンターの上に乗せておいた。

目を覚ました(イツキ)がどんな反応をするか…箱や瓶自体は可愛らしいけど…ソロソロとベッドへ潜り込む(アズマ)


明日は薬を売りに行かないとな。予定は夕方だから起きるの午後でいいだろ。【東風(みせ)】は定休だ、どうせ客も来ないし、呑んじゃってるから早起きしたくない。

(イツキ)に怒られませんように。クリュッグがヴィンテージなことに気が付かれませんように。花瓶だって主張が通りますように。あと───…


朝を報せる鳥の鳴き声がどこからか響く中、(アズマ)諸々(もろもろ)祈りながら眠りについた。


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