花火と夜もすがら・前
千錯万綜15
曇天、濃霧、九龍灣。
「よ。久し振り」
港についた小型船舶から降りてきた面々に、湿度の高い夜風とは正反対のカラッとした声で挨拶する藍漣。その後ろで煙草をふかす燈瑩も、男達へ向けて軽く手を上げた。
【東風】で打ち合わせした作戦通り、藍漣は【黑龍】息子の椅子が空いたと仲間へ連絡。アンバーからのプレゼントとして武器を手配し香港へ誘えば事はすんなり運び、グループのメンバーは九龍灣へとやってきた。いくらか世間話をしたあとリーダー風の男が改めて樹についての事実確認。
「藍漣が片付けたってことか?」
「んー…まぁそんなとこ」
曖昧な返事。本当に死んでいるのかと疑る男に燈瑩は頷いた。
「間違いない、俺が証言するよ」
普通に大嘘。ポーカーフェイスが過ぎる。藍漣は若干吹き出しそうになるも唇を内側に巻き込んで回避した。なにも知らずに納得した男は満足気に笑い、そして───藍漣に向かって銃をかまえた。
「…だろうと思った」
呆れて肩を竦める藍漣。
息子を手にかけたとあらば【黑龍】が報復にくる可能性は否定出来ない、火種は早々に消火するのが吉。実行犯が死んでしまえば話が漏れても【黑龍】に対して仇を討ったという言い訳が成り立つ。死人に口無しである。
予想となんら違わない展開に藍漣は軽く頬を掻き、それから、九龍に来て以降ずっと浮かんでいた疑念をぶつけた。
「てかさ。あいつ殺ったのもお前らだろ」
仲良くしていた友人。
上海で行われた、とある取り引き。それなりに大金が動いたが、横から滑り込んだ割にはやたらとアガリを持っていったグループ──それがこの連中だ。
その際に揉めて命を落とした数人の中に藍漣の友人も入っており、死んだ時点で既に不審感は拭えなかったが…今回の件も同じ様な手口。つまり働くだけ働かせたのち殺して証拠隠滅をするという遣り方。至極単純。
男は答えない。が、沈黙がもう答えだった。
燈瑩は藍漣へ視線を流す。成る程、そのせいもあってあんなにサラッと見切りをつけたのか。友人を消したことに勘づき、自分も消されるであろうことを予想していたから。
ピストルを藍漣に向けたまま男が燈瑩に問い掛ける。
「お前は依頼人が誰でも構わないんだろう?アンバー」
藍漣をここで始末し、自分達と手を組もうという誘い。確かにこの状況ならば藍漣を切り捨て燈瑩を抱き込むのは妥当な選択だろう。金なら出せる、俺からお前に融資すると言う男は、例の取り引きでくすねた資産かと茶化すように口を挟む藍漣を睨んだ。
紫煙をフウッと吹いて答える燈瑩。
「まぁそうね。誰でもいいけど」
その言葉を聞き男が口角を上げる。燈瑩は煙草を靴底で揉み消し薄く笑った。
「でも、選びはするんだよね、俺も」
途端。
闇に咲いたマズルフラッシュの花火。
鉛弾を喰らい次々に倒れ込む藍漣の元仲間達、闇夜に怒号が飛び交う。撃ったのは燈瑩でも藍漣でもなく、突如として港に現れた【神豹】系列のチンピラだった。
この‘責任逃れ死んだフリ大作戦パート2’、【黑龍】の息子が死んだという事にしたのは藍漣のグループ側にだけで、【神豹】側には別の話を持ち掛けていた。
上が呼び付けられた際、‘邪魔者の排除を手伝えば九龍での地位を約束するから手を貸してくれ’と言って龍頭が接触を試みたのだ。加えて戦闘に使用する武器はアンバーが寄越してくれるとの好待遇に、【神豹】から独立して名を上げたい半グレ達は即座に同意。
こうして2チームを九龍灣に集結させることに成功した。
初撃で減りはしたもののそれでも人数は充分に残り、なし崩し的に大規模な乱戦へ突入。このまま全員潰し合ってくれれば御の字だが流石にそうはいかず、ハメられたと気付いた男が再び藍漣へ銃口を向ける。数回の破裂音、吠えたのは男のベレッタ───ではなく藍漣の手の中のグロックだった。男を蹴り飛ばし、身を翻した藍漣はコンテナの裏に体を隠す。端から顔を出しチラリと覗くと、混戦極まる集団の中、フードを被った小柄な人物が地に伏せていくチンピラの首をコッソリ折って回っているのが見えた。9ミリの雨を物ともせず…止めを刺すのが早いな…妙に感心している藍漣の後ろで砂を踏む音、振り返り様に発砲し1人撃ち倒す。わずかに離れた場所に既に銃を携えた男がもう1人、迎撃が間に合わないかと思われた時────側頭部にスコンとナイフが刺さり、男は崩れ落ち銃口が空を仰いだ。
軌道をたどった目線の先、ナイフを投擲した背の高い影に藍漣の顔が綻ぶ。
「東ぁ!」
嬉々とした声で言いながら東に駆け寄る藍漣。ダイブして抱きつきコンクリートへ押し倒すと頭をぶつけた東がギャッと悲鳴を上げたが、ほぼ同じタイミングで別の銃弾が今しがた居た空間を掠めた。
「頭下げてねぇと死ぬぜ?」
「ソウデスネ」
お互い間一髪、愉しそうにニヤける藍漣へ困り眉の東。パンッと乾いた音が響き2人がそちらに視線をやれば、先ほど撃ってきた男の脳味噌をフッ飛ばしたらしい燈瑩が銃を振っていた。




