茶煙草と明け透け・後
千錯万綜14
「早いやろ!信用すんの!」
「だって嘘っぽくないし…ほら」
パリパリと曲奇の欠片を齧る樹は、中から出てきた紙を上に見せた。大吉。
大吉関係あるんかとツッコミを入れる上だが、さりとて、藍漣を信じていないわけではない。寝首をかくつもりなら【神豹】について忠告する必要もなかっただろうし、救けてくれた善意や話の内容は信ずるに値する物ではある。
それに何より、樹本人が‘いい’と言ったからにはこれ以上の審議は不要にも思えた。
上は藍漣を見やる。
「信用するとして、仲間はどないすんねん」
「だな。樹狙ってこられても困るしな」
「ちゃうちゃう」
こめかみに手を当て考える藍漣に、そこではなく、まず寝返ることは構わないのかと気を揉む上。煙草に火を点けた藍漣は口に煙を溜め短く沈黙してから、あいつらとはソリが合わずに散々揉めてたし構わないと笑った。
「まぁ…せやったらええけど…。とにかく、そこのメンバーと【神豹】の奴ら、なんとかせんとアカンな」
藍漣の意見を了承した上は眉根を寄せて呟く。上へ依頼してきた【神豹】系列のチンピラの狙いも樹なのだろうか?どうあれ、どちらも撤退させられる手立てが欲しい───…
と、閃いた!という風に大地が声高に発言。
「そことそこ、ぶつけちゃえば?」
言いながら両手の人差し指をトントンと叩き合わせた。
悪くないアイデア。上手い具合に両陣営を九龍に呼び寄せ敵対する状況を作り出す。最終的には全員始末出来たら萬歲、目撃者が残らなければ事実は捻じ曲げ放題なので勝手に争って相討ちということにしてしまえ。この2つは両方上海のグループだ、残党や関連組織が次に散らす火花は九龍ではなく上海でということになるだろう。
「‘責任逃れ大作戦’!」
「内容の割にネーミングが可愛いね」
パンッと手を叩き作戦名をつける大地に燈瑩がクスクス笑う。
【神豹】に対しても藍漣のグループに対しても、やはり餌は樹。【黑龍】の息子を味方に…よりは‘仕留めた’の方が都合がいいか。そのポジションが浮いているので、縄張りや後釜を狙うなら今だと唆す。ついでにアンバーの名前も出し、協力を仰いだと言って武器でもいくらか送り付ければ喰い付くはず。龍頭が死んだビッグチャンスをみすみす見逃す奴はいない。
「‘死んだフリ作戦パート2’、か…」
「くはっ」
真剣な顔で口にする樹に、今度は吹き出す燈瑩。お前ほんと笑いのツボ浅いなと猫がパイプの煙をユルユル吐いた。ちなみに‘パート1’は寧の件のことである。
武器仕入れとこうか?ウチは何でもいいよ。俺、素手で平気。えー!どれがいいかなぁ!いやお前と俺は留守番やから。俺も行かねぇからな、最近働き過ぎだわ。
口々に好き勝手なことを言いながらも大体の方針を纏め、日時や場所など細かいところを詰めていく。あとは【神豹】と藍漣のグループ、それぞれを操作し予定を擦り合わせ実行に移すのみ。
「よし!じゃあ‘責任逃れ死んだフリ大作戦パート2’いくよ!」
「名前までまとまっとるやん」
元気に宣言する大地へ上は安定のツッコミ、ひたすら面倒くさそうな猫、おー!と言ったはいいがフライングだったので誰とも噛み合わず不思議そうな樹、それを見て燈瑩は再び静かに爆笑。
藍漣が首を傾けて東に笑いかけた。
「良い仲間持ったな」
「うん?そうね…ありがたいことよ」
東も答えつつ少し笑んだ。藍漣はその瞳を見詰め、お前がイイ奴だからだよ、ありがとなと礼を言う。
「なにが?」
「さっき、悩んでくれただろ。どうやったら両方守れるか」
「藍漣が無茶な喋り方するからでしょ」
猫の質問に空気がピリついた時。
藍漣に敵意が無いのはわかっていた、しかし樹に関連するトラブルを放置しておく訳にもいかず、そして本気になった猫は──本気じゃなくても頗る無理だけれど──止められない。間に入ったら腕の1本くらいは飛んじゃうかも…東はそんな覚悟をうっすらとしていた。
「お人好しだな東」
「まぁね」
「好きだよ、そういうとこ」
「どうも」
「ほんとだぜ?」
言って、藍漣は普段とは違う屈託のない笑顔を見せた。一瞬それに目を奪われた東───の額へ、ゴンッという音と共にぶつかる空の酒瓶。東は椅子から転げ落ち背後の薬棚に倒れ込む。
「痛っっったぁ!!」
「おかわり」
「普通に伝えてよ!!」
瓶を投げ付けた猫がウヒャヒャと悪魔じみた声を上げる。
「良い目みてんだから痛い目も見ろよ」
「痛い目はいつも見てんでしょ」
猫の言葉に文句をつけるも戸棚から新しい酒瓶を取り出す東に、藍漣はまた、‘お人好しだな’と笑った。




