表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
千錯万綜
154/492

閻魔と1番・後

千錯万綜11






「師範!!!!」

「うわ、うるっせぇな」


(マオ)は叫び声と共に抱きついてくる(レン)の顔面を押さえ、早いじゃんと感心する藍漣(アイラン)に当たり前だろ誰だと思ってんだと舌打ち。


「来てくれたんでしゅか!!」

藍漣(こいつ)微信(メッセ)で‘お前んとこの吉娃娃(イヌ)が死にそうだ’っつうからよ」


ゲンナリしながら答えつつ()の詳細を問う(マオ)へ、先日の12K関連のようだと説明する(レン)(ネイ)の正体もバレたとあって、じゃあ倒しといたほうがいいなと(マオ)は気怠そうに首を回す。


「この前みたいにチャチャッとやってよ」

「そうです師範は強いんでしゅから!やっちゃって下しゃい!」

「黙れ吉娃娃(チワワ)


ニヤニヤする藍漣(アイラン)(マオ)は怪訝な表情をし、尻尾を振る(レン)の頭をはたいた。そして。


「まー(つえ)ぇけど」


そう吐き捨てた(マオ)の袖が、(かす)かに揺れた。


目前まで迫っていた男の首元を、脇差(わきざし)の刃先が音も無く滑る。(またた)()に血が噴き出し(マオ)はサッと(レン)の後ろに身を隠した。血液のシャワーをモロに浴びた(レン)の全身が真っ赤に染まる。


「ギャー!!!!」

「ナイス盾」


短く賛辞を送ると、(マオ)は悲鳴をあげる(レン)の背を踏み付け跳躍。男達の背後をとり、連中が振り向くより先に手近な1人の首を飛ばした。残った胴体に前蹴りをいれれば倒れてきた首無(それ)を支えた男がアタフタと慌てる。

腕を(ひね)って隣の輩の下顎からスコンッと刀を刺すと、頭頂部から(ツノ)のように切っ先が生えた。刃を戻しこの男の身体も蹴り飛ばす。後ろで銃を抜く男に1歩で詰め寄り、引き金がひかれる直前に銃身を(みね)で叩いて銃口を他所(よそ)へ向けさせる。弾道が()れて仲間に命中し青ざめるチンピラ。そいつをそのまま袈裟懸けに斬りつけ、不幸にも流れ弾を喰らった人物を見やると当たりどころが悪かったようで既に血溜まりの中に沈んでいた。


すると、残された男が踵を返して(レン)へと向かっていく。突破して逃げる気か──身構える(レン)藍漣(アイラン)(レン)の首根っこを掴み後方へ引き倒すと、振り上げられた男の(こぶし)(てのひら)で受けとめた。パァンと乾いた音が鳴り互いの動きが止まる。

次の瞬間には(やいば)の尖端が男の胸から顔を覗かせていた。ズルッと背中側へと引き抜かれる刀身、男が力無く倒れ込むのと(マオ)の納刀はほぼ同じタイミングだった。


流石(さすが)だね、師範」

「やめろっつの」


藍漣(アイラン)の師範呼びに(はち)()を寄せつつ、(マオ)は他の仲間の有無を(レン)に確認。居なかったはずだとの返答に一息つき周囲を見渡す。


───だいぶ死体が転がってしまった。


俺を目当てに来た客なら良いが、蓮や寧(こいつら)の客を転がしとくのはなぁ…食肆(レストラン)にも近過ぎるし…(マオ)はハァと息を吐き、携帯を取り出すと‘何でも屋’にコール。


(イツキ)ぃ、暇?お片付け(・・・・)してくんね?適当でいいから。金払う払う…盛興四期の近くでさぁ… …」


その様子を眺めていた藍漣(アイラン)の服の裾を(ネイ)が握った。ちょっと現場が凄惨過ぎたかなと考えた藍漣(アイラン)が平気かと尋ねると、もう慣れたとなんとも頼もしい返事。

藍漣(アイラン)は先程の(ネイ)の言葉を思い出し、小さな声で問い掛ける。


(ネイ)は【紫竹】の娘なの?」


コクリと頷く(ネイ)


「でも…出来れば…」


内緒に、と(ネイ)が口に出す前に藍漣(アイラン)は微笑む。


「言わないよ」


その笑顔に安堵し、(ネイ)はここに至るまでの経緯をおおまかに説明した。みんなに助けられて以降ずっと良くしてもらっている、少しずつでも恩を返していきたいと呟く横顔を見つめる藍漣(アイラン)


「ウチも(アズマ)(イツキ)には世話んなってるよ」

「私もです。(イツキ)さんには特に…似てるところ(・・・・・・)があるから、って」


それを聞いた藍漣(アイラン)がわずかに目を細める。が、すぐにいつもの表情に戻り、あいつら優しいもんなと笑った。


「おい、(イツキ)がお片付けしにくるから。(レン)の店でちっと待とうぜ」


通話を終えた(マオ)食肆(レストラン)の方向を示しながら告げる。全員で店内へと移動してしばらく待つと、紙袋を持った(イツキ)がお片付けを済ませてやってきた。


「なんだその袋」

「傷薬。(アズマ)が‘怪我人に使いなさい’って」

「マジでノッポお人好しだな」


(マオ)の疑問に(イツキ)が答えると、藍漣(アイラン)が愉快そうに手を叩く。(レン)の治療をしつついくらか雑談をして本日は解散。食肆(レストラン)は──(レン)がボコボコなので──臨時休業だ。


【東風】に帰り着き、第一声でお腹が空いたと訴える(イツキ)藍漣(アイラン)(アズマ)が出迎える。2人の姿を見た(アズマ)藍漣(アイラン)の手元に目を()めた。


「お前も怪我したの?」


言われて初めて気が付く藍漣(アイラン)()してみ、と指を取る(アズマ)にこれくらいどうでもいいと言う藍漣(アイラン)だが、雑菌入ったらどうするの!化膿したら良くないでしょ!と(たしな)められ、大人しく手当を受けることに。


「慣れてんな」

「これでも薬師ですよ」


サカサカと手際良く薬を塗る(アズマ)藍漣(アイラン)は首を傾げる。


身長(タッパ)もあるし料理も出来るし世話焼きなのに、何でお前モテねぇの」

「俺が聞きたいよ」

「なにが駄目なんだ?顔か?」

「どストレート過ぎる」


剛速球に空笑いを浮かべる(アズマ)、その黒縁眼鏡を藍漣(アイラン)が奪い去った。


「ウチは悪くないと思うんだけどな、顔も。つうかたまにはちゃんと見せろよ。この眼鏡素通しだろ」

「あ、そぉ…?ありがと…」


礼を述べつつ(アズマ)は内心で不思議に思う。よくわかったな眼鏡の事…(イツキ)ですら気付いていなかったのに…。


「ウチと付き合うか?」


唐突に聞こえた言葉に、(アズマ)は消毒液のビンを手から滑らせ床に落とした。ガシャンと音をたててガラスが割れ、中の赤茶けた液体が辺りに広がり藍漣(アイラン)の白いズボンを染める。


「うわっ、ごめん!!藍漣(おまえ)ズボン──…」

「え?別にいいよ、この服(おまえ)のじゃん」

「でしたね!!」


物音を聞きつけ(くわ)え煙草ならぬ(くわ)え‘月餅’でやってきた(イツキ)へ、藍漣(アイラン)の傷に絆創膏を貼ってもらうよう頼むと雑巾で床をフキフキする(アズマ)


「なんで落っことしたの」

藍漣(アイラン)にからかわれた」

「からかったつもりじゃねーけど」


(イツキ)の疑問に(アズマ)が口を尖らせ、その仕草に藍漣(アイラン)がケラケラ笑う。

掃除終わったらご飯作るから2人とも時間潰してなさいと(アズマ)に言われ、(イツキ)はおやつをかじりに戻り、藍漣(アイラン)は屋上へ煙草を吸いに出た。




日の暮れた九龍、所狭しと設置された(おびただ)しい数のアンテナの(あいだ)から空を見上げる藍漣(アイラン)。スレスレを通り過ぎる飛行機が啟德機場(カイタックくうこう)へ向かっていく。魔窟はあちこちに光を(とも)し、花街のネオンは明るく夜を照らしていた。

煙草に火をつけるとポケットから取り出した携帯を開く。メールを送信しかけて────消去。また携帯をポケットに突っ込んだ。

建ち並ぶ不恰好(ぶかっこう)な違法建築を彩る窓の(あか)りを眺めつつ、藍漣(アイラン)は闇へと紫煙を流す。


茉莉花(ジャスミン)の香りの煙が、砦を巡る生ぬるい風にさらわれ、虚空に溶けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ