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九龍懐古  作者: カロン
千錯万綜
153/492

閻魔と1番・中

千錯万綜10





「へっ?違いましゅよ」


慌てた(レン)は相変わらず語尾を噛んだ。そのせいでなんだか胡散臭くなってしまったものの、本当に違うと念を押す。

厳密に言えばそうと言えなくもないが…実態としては、12Kの下っ端のグループのさらに下っ端にタカられていただけだ。


どうやらこの連中、先日の皇室(ロイヤル)と福建省の一件──(レン)達が警察にパクらせたアレ──に噛んでいて損失を出したらしい。

けれどリークしたのが誰だったかバレてはいないはず、そうすると報復ではなく単純に、オジャンになった取り引きのグループに関連する人間から損害額を補填しようと目論んでいるということか。

男達の要求は12Kの情報、食肆(レストラン)の経営権、そして…(レン)九龍城砦(このまち)から姿を消すこと。


「いや全然無理です」


キッパリ断る(レン)にチンピラは苛立った様子を見せた。随分と強気な態度の(レン)だが、それは気丈だからとか勝算があるからとか、そういったプラスの要素によるものではない。


むしろマイナス。‘はい’でも‘いいえ’でも、どう対応しようが結果は同じだったから。


まず12Kと繋がっていない(レン)は有益な情報を出せない、ワンアウト。次に食肆(レストラン)は皆に協力してもらって作り上げた大事な場所で、大切な従業員もいる。ゆえに渡せない、ツーアウト。最後に‘姿を消す’という言い回しをしているが要は‘殺す’ということ、前の2つをクリアしたとてどっちにしろ詰んでいる。スリーアウト、チェンジ。

失踪(・・)というのは非常に都合がよろしい。殺したあとに死体を隠して行方不明にし、店の売り上げでもゴッソリ抜いておけば‘(レン)が金を持って逃亡した’という筋書きが成り立つ。そこへ横から善人ヅラして現れればポジションを奪うことは容易い…裏社会の人間が善人ヅラというのもおかしな話だが。


男が低く(うな)る。


「痛い目みねぇとわかんねぇのか」

「痛い目みたってわかりません」


言い返す(レン)に男は近寄り、肩を掴むと身体を道の端へブン投げた。壁に背中をぶつける(レン)、抱えていた酒瓶の袋が地面に落ちて派手に割れる。間髪入れずに顔を殴られ口の中が切れた。血の味。が、(レン)(ひる)まず男を睨みつける。


「殺したければどうぞ、僕なんてなんの足しにもなりませんけど」


(おど)せばノコノコついてくると思ったか?僕だって泣いてるばっかりじゃないんだ…めちゃくちゃ泣きたいけど…(レン)は下唇を噛んだ。

協力的なフリをして命令に従い隙をついて逃げ出すという手も考えたが、恐らく九龍(ここ)から離れたらすぐに殺す気だろう。脱出のタイミングがあるかは不明、ならば連れて行かれた先で()られるよりこの場所の方が得だ。何かしらの証拠を残せば、きっとみんなや師範が(かたき)を討ってくれる。


男が(レン)をもう1発殴りつけた。2発、3発。しかし何発殴られても(レン)は強情な態度を崩さない。素直に言うことを聞けという男を再び睨んで口を開く。


「嫌でしゅ」


僕だって。


「カッコつけない訳にはいかないですから」




カッコよくありたいのだ、みんなみたいに。




(かたく)なな(レン)に業を煮やした男が刃物を抜く。(レン)が覚悟を決めて目を瞑った、その時。




「やめて下さい!!」




路地裏に響いた声。全員が目線を向けた先、立っていたのは────(ネイ)だ。手には大きなガラス片が握られている。


「れっ、(レン)さんを、離して下さい…!!じゃなかったら、刺します…!!」


(ネイ)はガラス片の尖端を自分の胸元へ構えた。意味がわからず眉根を寄せる男達にむかって震える声を絞る。


「わ、私は…【紫竹】の龍頭(ボス)の娘です。捕まえたら、何か、役に立つんじゃないですか」


【紫竹】という単語に場の雰囲気がわずかに揺らいだ。娘が九龍に来たという噂はあったが、生きていたのか?本物だとしたら思いがけない()…上手く利用すれば大利が出る。

一方、焦って目を見開く(レン)。荷物運びの手伝いをしてくれるとは言っていたけれど、最悪のタイミングで迎えにこられてしまった。逃げろと首を振る(レン)だが(ネイ)もフルフルと首を振って答える。


「恩を受けた人を見捨てるなんて、絶対に、出来ません」


幼い瞳は強い決意に満ちており、それを見た(レン)の瞳も少し潤んだ。


男達は逡巡する。(レン)()るのが得か、(ネイ)を捕獲するのが得か。──(ネイ)を捕獲してから(レン)()るのが得か?そんな考えがよぎった瞬間。


「ウチもそれが得だと思う」


思考を読んだかの様な台詞と共に、家電製品と人影が上から落ちてきた。路地の入口付近に居た男がブラウン管のテレビを、その横の男が人影の膝を脳天に喰らって倒れ込む。


「まぁ、やらせないけどね」


軽い口調で言いながら着地した人物は藍漣(アイラン)だった。画面が割れて使い物にならなくなったテレビを見やり申し訳なさそうに肩を(すく)める、住民の誰かが屋上に設置していたものを勝手に投げたのだろう。

(レン)は急いで足元の酒瓶を手に取り、突然の襲撃に気を取られている目の前の敵をブン殴る。地面に突っ伏す男。その間に2人ほど蹴倒(けたお)して道をひらいた藍漣(アイラン)はズラかるぜと合図、(レン)(ネイ)へと走り寄って手を取ると路地を駆け出した。


「た、助かりました…!でも何で…?」

「ん?うん…たまたま近くに居てな」


半ベソの(レン)の髪をクシャッと撫でる藍漣(アイラン)。追ってくる男達を見て不安気な表情の(ネイ)へ大丈夫だと告げると逃げ道を指示、そしてクネクネと迷路のような城塞内を通り抜け食肆(レストラン)の傍まで辿り着いたところで────上空、視界の端に何かを捉え、呟く。


「あ、来た」

「え?」


藍漣(アイラン)の視線に(レン)も上へと首を向けると、目に映ったのはフワリとはためく着物。それを(まと)った人物は(レン)と男達との(あいだ)に舞い降り、ひたすら面倒くさそうな顔と声音で言った。


「なんなんだよこりゃあ、バカ吉娃娃(チワワ)…」



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