高額伝票とメッセンジャー
千錯万綜5
1人また1人と姿を現すチンピラ達。人数は片手の指では足りないが両手ほどは居ない。
────かかった。猫は頬を綻ばせる。
来るのを待っていた、これが目的で単身あちこち飲み歩いていたのだ。うっすら気にしたらしい燈瑩に‘俺も飲み歩いてもいいよ’と同行を打診されたが、独りの方が狙われやすいだろうし、アイツには城主不在の【宵城】を任せておきたかった。毎晩ボトルも空けてくれているから連日高額伝票も楽しみ───ん?待てよ。
猫は男達に向かって舌打ち。
だとしたら、逆にこいつら、かかるのはもう数日後でも良かったな。そうすればもっと飲み代を使ってもらえたのに…勿体ねぇ…。
猫の頭の中に、カツアゲだね、と燈瑩の声が響く。
「で、お前らどこのグループなわけ」
チンピラ達を眺めて訊ねる猫。ここが1番肝心、なるべく大きいと有り難いが…返答はない。
なんだこいつら、答えたくないのか?それとも答えられないのか?男達をそれぞれ見やると、どうも一貫性の無い連中。なるほど、はぐれ者の半グレ達が徒党を組んだというところか。だとしたら明確な回答はないな。
大組織ではないとわかり猫はつまらなそうにしたが、いや、と思い直す。
この方が都合がいいかも知れない。一枚岩のグループは生き残りが復讐に来る可能性があるが、寄せ集めの人間であれば心配は不要。組織としての面倒なプライドや面子もないので‘お願い事’もきいてもらいやすいのでは。
猫はもう一度首を回して微笑。
「とにかく、遠慮なくブッ殺しても冇問題ってことだよな」
言いながら胸の前に手を掲げ、上に向けた掌の指先でちょいちょいと手招き。挑発的な態度に頭に血をのぼらせた男が、勢いよく猫に殴りかかった。
キンッ、と小さく金属音がし、男は猫の目の前で動きを止め───血飛沫をあげて地面に沈む。
その場の誰もが状況の理解が追い付かず固まった。コンマ数秒、しかしそれは、‘命取り’と呼ぶには充分過ぎる時間だった。
次の瞬間にはもう猫は別の男へと詰め寄っており、神速で抜かれた刀身はその首を空中へ飛ばす。再び血飛沫が周辺を濡らした。生首が落ちてきたあたりに立っていた男が悲鳴を漏らし、隣の輩は慌てて猫に銃口を向ける。猫は今しがた首を失くした胴体を引っ掴んで盾にし弾を受け止め、それと同時に真横に組まれていた竹の足場の下部を斬り倒す。降り注ぐ竹の雨に狼狽えるチンピラ達を尻目に瓦礫を駆け上がり、銃を撃ち込んできた男めがけて飛び降りると柄で脳天をカチ割った。割れた部分からなんだかよくわからない中身が出る。
竹の下敷きになった数人は未だ抜けだせずにゴロゴロと足元を転がっていたので、猫は隙間から刀を差し込みプスプスと全員の身体を刺した。悲鳴、悲鳴、悲鳴。と、視界の端にまた拳銃を構えた男を認め、その方向へ竹を1本蹴りあげる。
男が避けようと体勢を低くするも、その時には既に眼前に猫の顔。
「よぉ」
ラフな挨拶と共に猫が笑い、コンッ、と何かを叩く様な音。男の口内から後頭部まで刃が抜けた音なのだが、理解する前に男は絶命。猫は刀身を引き抜き軽く振って血を払う。
あと2人。手応えないな。
残るはへたり込む男と、路地の向こうへ逃げて行く男。猫は死体から銃を取り、走り去る背中へ狙いを付け雑に数発撃った。男の足が止まる。
ん?当たったか?わかんねぇな、全弾撃ってみるか…あっ、倒れた、当たってたっぽい。ラッキー。燈瑩よくこんなもんバカスカ額の真ん中に当てるな…。
変に感心しつつ、倒れた男が起き上がらない事を確認すると猫はガシャッと銃を投げ捨て、すっかり戦意喪失し地べたに座る最後の1人に向き合い話し掛ける。
「テメェは誰とも組んでねぇな。だろ?」
「なん、で」
「わかったのかって?俺が何年【宵城】やってると思ってんだ。団体客の属性見抜くのは売上げ立てる基本だよ」
言うが早いか、猫は男の足背に剣の切先を突き立てた。喚く横っ面をはたき手首を踏み付け、スコンッと小指を落とす。再度喚き声。男を見下ろしお願いをする猫。
「お前さ、言いふらして回れや。‘【宵城】奪りてぇなら相手になるから直接俺をタタきに来い、店乗り込んでブッ壊したりしたら殺す’って城主が言ってるってな」
といってもこの男達は店を壊していないにもかかわらず全員殺られてしまっているので、店に来てもどこに来ても結果は同じな気もするけれど。
男は首を縦に振る。だが、復唱してみと猫に言われて口籠ったので、猫は薬指もスコンッと落として呆れ気味に呟く。
「おい、ちゃんとやんねーと手が肉包みてぇになるぜ」
指が全部無くなって真ん丸になるということと解釈した男は、噛み噛みではあるが猫の言葉を繰り返した。はいオッケー、帰っていいよと猫は刀を鞘におさめる。
これで恐らく【宵城】に殴り込んでくる奴は居なくなるだろう。個人的に狙われることも無い気がする、戦闘の度に10人単位で損失が出るようでは割に合わないはず。
脚を引きずって帰っていくメッセンジャーを見送り、猫は大きく伸びをする。死体はこのままにしておいていいな、現物があると理解しやすい───まぁ片付ける気も一切ないんだけど。
それからパイプに火を付け、踵を返すと、ゆっくり【宵城】へと歩きはじめた。
物音の消えた路地裏。九龍に流れる夜風は、なぜか、茉莉花の香りがした。




