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九龍懐古  作者: カロン
千錯万綜
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ノッポと食道楽

千錯万綜2






いつもの午後、食材の調達、買い食いをする(イツキ)と荷物を持つ(アズマ)。なんとも平和な光景…城内の雰囲気にさえ目を(つぶ)れば。


今日も今日とてマフィア、半グレ、チンピラ達は街中(まちじゅう)で衝突。その為こうして2人で──(イツキ)は1人でも構わないのだが──連れ立って外出しているわけである。昨晩も、薬の売人だけでも数人が御陀仏になっていた。


途中、茶屋で足を止めた(アズマ)は‘工芸茶買ってくる’と店内へ入っていく。先日(イツキ)に好評だった花茶を調達したい模様。

その(あいだ)(イツキ)は、横の茶餐廳(チャーチャンテーン)を挟んだ先に建つスイーツ屋を覗いた。プルプルと美味しそうな薑汁撞奶(ミルクプリン)が可愛らしい器に盛られてショーケースに鎮座している。この店のは買ったことないんだよな…食べてみようか…2つ、いや3つ?(アズマ)のぶんもいるか、じゃあ4つ。


(イツキ)が店員へと声を掛けようとした時───路地から茶餐廳(チャーチャンテーン)目掛けて誰かがフッ飛んできて、通路に並んでいたテーブルセットが派手な音を立て豪快に崩れた。それを視界の端に認めた(イツキ)は通りに首を向ける。


続いて怒鳴りちらしながら歩いてくる男達…チンピラ同士の喧嘩だろうか?(イツキ)が眺めていると、飛んできた人物は雑に散らかった茶餐廳(チャーチャンテーン)の備品の隙間から身体を起こし、近付いてきた男の顔面に(どんぶり)を投げつけた。

瓦礫から立ち上がったその影は椅子を引っ掴み、(どんぶり)をくらった男に向かって追撃のフルスイング。そのまま別の男へ椅子を(ほう)ってヒットさせると、隣のもう1人も蹴り倒す。


「え、何これ」


タイミング悪く茶屋から出て来た(アズマ)が乱闘を目にし、チンピラを蹴倒した青年に()の抜けた質問。瞬間、男のうちの1人が銃を抜き(アズマ)に狙いを定める。仲間だと思われたか。

突然のことに反応がワンテンポ遅れた(アズマ)の頭を押さえつける手、響く発砲音、銃弾が当たって割れる看板。


(アズマ)の身体を伏せさせた手の主は笑った。


「んだよノッポ、自殺志願者か?」

「な訳ないでしょ!!どういう状況?」


焦る(アズマ)を見て、(てのひら)を離しつつ殊更(ことさら)面白そうに口角を上げる青年。そこへ拳銃を構えた男がまた照準を合わせる、そしてもう1発───を撃つより先に側頭部に(イツキ)の飛び蹴りがキマり男は卒倒した。


「どうしたらいい?」


着地と共に手短に問いかける(イツキ)。青年は(アズマ)のフードを引っ張りズラかろうぜ!と破顔。じゃあこっち、と(イツキ)は小道を顎で指し示し、3人は入り組んだ城塞内を走る。


「迷路みたいだな九龍(ここ)!訳わかんねぇ」


道中、青年がキョロキョロと周りを見渡しながら髪をかきあげて呟く。強気な瞳の端が楽しそうに下がった。追手の姿はない…どうやら無事に撒けた様子。


「何で喧嘩になってたの」

「ん?絡まれたから蹴っ飛ばしただけだよ、うっぜぇのマジで」

「気ぃ荒いな」


青年は(イツキ)の疑問に答えると、口を挟んできた(アズマ)の顔を見上げる。といってもそこまで身長差がある訳ではない、10cm変わるか変わらないか。


「荒くねぇわ、普通だわ!せっかく美味しく鮮蝦雲呑麺(えびワンタンめん)食ってたのに」


その台詞に(イツキ)が喰い付いた。


「光明軒の?」

「そう、そこ!旨かった!有名なの?」

「あの辺なら光明軒が1番美味しい」

「ってことは、他のエリアならもっとイイとこがあるっつう訳だ」

「んー、俺のオススメは…」


会話に華を咲かせはじめる食道楽達を引き連れ、(アズマ)はとりあえず【東風】へと舞い戻る。全員で中に入ると念の為玄関のシャッターを閉めた。


「用心深いじゃんノッポ」

「今物騒なのよ…前から物騒だけど…」


カカッと笑う青年に、砦内の情勢を知らないのかと(アズマ)がため息をつく。


「よく知らねーな。九龍来たばっかだし」


青年は首をひねる。聞けば、つい先日に(もと)居たマフィアグループと揉めて上海から出て来たとか。


九龍(ここ)と上海は幾分(いくぶん)遠い。距離もそうだが香港と江蘇省、浙江省あたりでは裏社会の様相も異なる。一括(ひとくく)りにしても蓋を開ければ中身は様々、繋がりはあるにせよ、大陸の人間が現在の香港一帯の動向を細かく把握しておらずとも別段おかしくはなかった。

台灣の角頭が死んだ影響でこの街もピリピリしていると(アズマ)は説明をしたが、青年はあまり興味が無さそうに生返事をして煙草をねだってくる。(イツキ)が戸棚から勝手に高級煙草のパッケージを取り出してパス、(アズマ)がギャッと小さく鳴いた。


適当な雑談──主に(イツキ)の九龍ストリートフード講座──をして一息(ひといき)ついたあと、茉莉花(ジャスミン)の香りがする紫煙を(くゆ)らせていた青年は笑顔でテーブルをトントン叩く。


「てかさ。(しばら)く【東風(ここ)】泊めてくんない?」

「なんでよ!!」

九龍(こっち)に知り合い居ねぇんだもん」


どうしてこう次から次へと流浪人がやってくるのか…そういう街ではあるが…思わず大声を出す(アズマ)を差し置いて(イツキ)が首を縦に振る。


「俺は別にかまわないけど」

(イツキ)は許可出すの早いよいつも!!」


どうも食べ物の話で盛り上がって気が合ったようだ。(アズマ)は苦い顔をするも、さっき撃たれそうになったの助けてもらったじゃんと(イツキ)に言われ少し悩む。そもそもコイツが居たから巻き込まれたのだけれど…まぁ、いいか…。


(しばら)く、だかんな」


(アズマ)の言葉に青年は、やりぃ♪と言って立ち上がると颯爽と洗濯機の方へ向かう。泥とか付いちゃったからちょっと洗わせてもらうわ、などとのたまいバッとシャツを脱いだ。


「─────え?お前…」


(アズマ)が驚愕の表情を見せる。


ダボッとした服のせいであまりわからなかった体型。白い肌、細い腰、(さらし)を巻いた胸…想定していた身体と全くの別物が出てきた。ポカンとする2人に、彼女(・・)は、あぁそういやと口を開く。


「名前言ってなかったな。藍漣(アイラン)だよ。宜しく(イツキ)、ノッポ」


名前(そこ)ではない。(アズマ)は固まったままだったが、(イツキ)は、宜しく。ノッポの名前は(アズマ)だよ。と普通に挨拶を返した。

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