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九龍懐古  作者: カロン
酒言酒語
139/492

十年と一日

酒言酒語2






背中から薬棚に落っこちる(アズマ)、2HIT。派手な音がして茶葉が辺りに散らばった。


(イツキ)に一本背負いで投げられたのだ。


ウヒャヒャと(マオ)が破顔し、(カムラ)もテーブルに突っ伏してクックッと肩を震わせる。


「いっっっ…たぁ!!何で投げたのぉ!?」


(アズマ)が頭を押さえて立ち上がる。(イツキ)は首を(かし)げた。


「わかんない」


キョトンとした(イツキ)の表情を見た燈瑩(トウエイ)が爆笑して咳き込む。この男、笑いのツボが浅い。


(イツキ)、もっかい!投げろよ!」


(マオ)が煽ると(イツキ)はズンズン(アズマ)へ近付く。待って待ってと慌てる(アズマ)の襟元を掴み足を払った。大外刈り、3HIT。


「痛だぃっ!!」

「投げろって」

「変わんないでしょ別に!!」


指をクルクル回す(マオ)に、刈るも投げるも大差はないと文句を言う(アズマ)。そもそもどうして投げるのか。いや、無駄な疑問だ──酔っ払いの行動にあまり意味はない。なんとなくやろうと思ったからやった、それだけである。


「ねー(イツキ)!俺も投げて!」


明らかに酔いが回っている大地(ダイチ)が笑って駆け寄る。(イツキ)はその腕を取りブォンとベッドへ向けて放り投げた。ボスン!とマットに落下した大地(ダイチ)がキャアキャアはしゃぐ。

大地(ダイチ)のことはちゃんと安全な場所に投げるのか…まぁ良かったけど…(アズマ)は床に転がったままそれを眺める。子供達(・・・)は今度は枕投げをはじめ、中に詰まった羽毛がブワッと飛び出すのが見えた。カバー破けてる破けてる。部屋、羽根だらけ。

(アズマ)は机に突っ伏す(カムラ)へ声を飛ばした。


「おい(カムラ)大地(ダイチ)なんとかしろよ…(カムラ)?」



寝てる。



そうこうしている間に枕の中身は全て放出。寝室は──ポジティブに考えよう、ポジティブに──幻想的(・・・)な風景になっていた。

現実から思考を逸らした(アズマ)が店内を見やるとシャッターの向こうがチカチカしている。

ん?入り口の電灯消し忘れたか…シャッター開けるの面倒だなとボヤきながら腰を上げ、(アズマ)は扉に近付き錠前へ手を伸ばした。瞬間────目前(もくぜん)でパァン!!と電球が破裂、同時に顔の横を掠めた物体と聞こえた銃声。後ろを振り返る。


銃を構えた燈瑩(トウエイ)と目が合った。


「…撃った?」

「え、消さなきゃって言うから」


(アズマ)の質問に頷く燈瑩(トウエイ)。シャッターの隙間を縫って外側の電球を撃ち抜いたのだ。


「開けるの面倒だったんでしょ」

「面倒とは言ったけどね!!」


手荒も手荒。こんなに恐ろしい親切心があるのか…。焦った(アズマ)が語気を強めると、燈瑩(トウエイ)はヘラッと笑って(イツキ)を呼ぶ。


(イツキ)ぃ、(アズマ)に怒られたぁ」


1番マズい相手への告げ口。


それを聞いて再びズンズンと近付いてくる(イツキ)。違う違う違うと首を振る(アズマ)は、数秒後にまたしても宙を舞っていた。薬棚に直撃、4HIT、散らばる木っ端。(マオ)が相変わらず悪魔じみた笑い声を上げた。



こうして夜の魔窟で宴は続く。なにかの破壊音、そして、止まない悲鳴と共に。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






正午頃。ベッドからノソノソと起き上がった(イツキ)は、入り口付近を(ほうき)で掃く(アズマ)に伸びをしながら歩み寄った。


「おはよ。早いね(アズマ)


おう、と応える(アズマ)の足元にはこんもりと重なったフワフワの羽毛とキラキラした硝子片、頭上には割れた電球。

(イツキ)は様々な残骸を見て首をひねる。


「何で粉々なの?」

「何ででしょうね」


(アズマ)は遠い目をした。そういえば戸棚もあちこち壊れている。覚えていないが昨晩騒動があったんだろうと(イツキ)は思うも、思っただけだった。どっちみち電灯切れかかってたしなと考え────ふとフラッシュバック。



昔、幼い頃に父の家に行った際、誰かが暗がりでガサゴソやっていて。

(イツキ)が電球かえたら?と声を掛けると、その誰かは一瞬振り返った。



(イツキ)(アズマ)に視線をうつす。(アズマ)はどうした?と眉を上げた。


「髪切ったんだね」


あの時はもうちょっと髪が長かった。


「え?切ったかな?」


(イツキ)の言葉に、俺いつもこの長さじゃない?あれ、そういえば最後いつ切ったっけな?などと呟いて悩みはじめる(アズマ)

確かに九龍で再会してからの(アズマ)はずっとベリーショートだ。


「電球、今回は(・・・)、一緒に買いに行こう」


(イツキ)が言うと(アズマ)は少し目を丸くし───フッと笑って、そうしよっかと答えた。


ついでに店前の通路の掃除もしてから2人が店内へ戻ると、起き出した皆がテレビをつけたり煙草を吸ったりシャワーを借りたりと好き勝手やっていた。

大地(ダイチ)がフラフラとトイレから出てくる。


「あったま痛ぁぃ…」

「お子ちゃまのくせに飲むからでしょ」


涙目で訴える大地(ダイチ)の頬をつまんで(アズマ)は笑い、戸棚をあさり茶葉を取りだす。


「お茶淹れてやるから待ってなさい」

「あ、俺も欲しいな。あとお腹空いたかも、食べ物ない?」

燈瑩(おまえ)ねぇ…」

「眼鏡、白酒(バイジュウ)も出せよ」

(マオ)はどんだけザルなの!?」


ギャアギャアやっていると玄関に人影が現れ、続いて元気な挨拶が響く。


「おはようございましゅっ!」

「おはよです」


(レン)(ネイ)だ。両手には宅配のバッグ、食べ物が入っているらしい。

タイミングの良さに(イツキ)が驚きを口にした。


「え、なんで?すごくない?」

「昨日頼んどいたんだよ。昼頃に飯持って来てくれってな」


パイプをふかしつつ(マオ)がカウンターへ向かいレジを開ける。数えもせずにガサッと(さつ)を取り出すと、足りんだろ?釣りいらねぇからと(レン)に手渡した。


(マオ)!!それレジ(きん)!!」

「テメェの飲み代のツケから引いといてやるよ。財布持ってきてねんだわ」


大地(ダイチ)(マオ)ご馳走様とお辞儀、(マオ)はどーいたしましてと返す。


(マオ)ご馳走様…なのか?俺はツケを払っただけだから、飯自体は(マオ)の奢り…なのか…?そうか…。理解はしつつも何となく腑に落ちない(アズマ)、その肩を(イツキ)が叩く。


「棚とか直すの俺も手伝うから」


(ねぎら)うような表情で言う(イツキ)だが、自分が店を半壊させた張本人であることに微塵も気付いていない。(アズマ)は ‘ありがと’ と小さく返すだけにとどめた。




今日も、何も変わらない、1日がはじまる。

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