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九龍懐古  作者: カロン
酒言酒語
137/492

九龍砦と城塞事情

酒言酒語1






日暮れの九龍城砦、【東風】内。(マオ)が同業者に貰った酒を皆であけようという話で、テイクアウェイの食べ物を持ち寄ったいつもの面々。


焼味飯(ポークライス)車仔麵(ラーメン)滑蛋飯(たまごごはん)鮮油奶多(バタートースト)など、様々な料理がテーブルに並ぶ。

(アズマ)が食器や箸を準備していると入り口の扉が開き、山ほど酒瓶を抱えた(マオ)が到着。


「多過ぎじゃない?」


しゃがみ込んで床に袋を広げる(マオ)の横に座った(イツキ)が疑問を呈す。ガラガラと瓶を転がしつつ(マオ)がボヤいた。


「康楽街ん所の店が立ち退きで閉店してよ。店長、香港島でカミさんとちっせぇ冰室(カフェ)やるんだと。持ってけねぇからくれたんだわ」

(マオ)の店で提供()したら良かったのに」

「出せる(ヤツ)ぁ出すけど、このへんは飯屋向きなんだよ。(レン)にわけてもまだ余っちまった」


ふぅんと頷き(マオ)の手元を覗き込む(イツキ)


「どれがオススメ?」

「んー、(おまえ)には…そうだな…」


(マオ)は袋をゴソゴソやって、黄金色のボトルを取り出す。


「桂花陳酒。甘いの好きだろ」


(マオ)からボトルを受け取ると、(イツキ)はおもむろに蓋を開けてそのまま一口飲んだ。ほんとだ、甘い、と小さく呟く。


「ストレートは駄目よ(イツキ)


言いながら(アズマ)が氷の入ったグラスと水を持ってくる。それに桂花陳酒を注ぎチビッと啜った(イツキ)は不満そうな顔、氷と水で甘さが薄くなったからか。

大地(ダイチ)が羨ましそうに声を上げた。


「ねー俺のは!?」

「んだよ、お子ちゃま。(カムラ)が騒ぐぞ」

「ええよ…ちょっとなら…」


(カムラ)が答えると(マオ)はあっそぉと相槌を打ち、ディサローノの白を持ち上げる。ホワイトの可愛らしい瓶に大地(ダイチ)が目を輝かせた。


「これバーに置こうか迷ってんだけど、その前に感想きかせろよ」

「わーい!!」


瓶を抱きかかえクルクル回る大地(ダイチ)、またしても(アズマ)がキッチンへ割り物を取りに行く。帰ってきたその手には氷と牛乳、胃に優しげなチョイスである。


「俺はどれ開けていい?」

「知るか、何でも飲めんだろ。適当にやれ」

「急に(ざつ)だね」


手を伸ばす燈瑩(トウエイ)に、目についたボトルを選びもせず渡す(マオ)燈瑩(トウエイ)がまぁいっかという顔をして栓を抜けば(アズマ)がギャアと叫んだ。


「それ高いじゃん!もうちょっと大切に開けない!?」

「え、だって渡されたから」

「うるせぇ眼鏡だな、貧乏性か。お前もとっとと飲め」


(アズマ)の反応に(マオ)は眉間にシワを寄せ、自身も酒瓶を手にするとドカッと椅子に座り大皿の鶏排(ジーパイ)をつまんだ。そのまま各々干杯(かんぱい)もせず自由に呑み始める。


(アズマ)が香港の冰室(カフェ)に話を戻した。


城砦外(そと)で店やるってなると許可いるでしょ?よくID取れたね?」

「上手くやったんだろ。カードだけなら燈瑩(こいつ)も持ってるし」

「持っ…てるけど…」


指をさす(マオ)燈瑩(トウエイ)(ども)る。ピンときた(イツキ)が口を挟んだ。


「偽造?」

「たりめーだろ、九龍(ここ)で本物持ってたら逆に厄介だぜ。福徳古廟のジイさんそれで死んだじゃねーか」


言いながら(マオ)は親指で首を切る仕草。

香港のIDカードは高値で売れる、それを取り扱うのを生業(なりわい)とする裏社会の人間に殺されて奪われたというわけだ。


「連合道の店のオッサンも叉焼(チャーシュー)売りに城砦外(そと)行っとらん?営業許可いるんとちゃうか」

「行ってる、黃大仙の市場で売ってる。許可ねぇから5回パクられたけど」


パクられる度に罰金上がるんだよなと笑う(マオ)燈瑩(トウエイ)がその手から鶏排(ジーパイ)(さら)って自分の口に放り込んだ。


「連合道、停電してたでしょ。直ったの?」

「あそこはインフラくそだからな。つうか皿から取れよ燈瑩(おまえ)

「やたら建物ボロいやんな、何でなん?」

「火災。城外(そと)から電気盗用し(ギっ)てきてるから、配線こんがらがって火事になったんだよ」

「火事?なっとったっけ?」

「あの辺1回全部燃えちまっただろ、そっからちゃんと補修してねんだわ。あん時ゃまだ(おまえ)ちっこかったか」


そのとき、空のボトルがテーブルにドンッとのせられ皆の視線を集める。置いたのは(マオ)───じゃあない。(イツキ)だ。


「…(おまえ)もう全部飲んだわけ?」

「うん、美味しかった。甘、くっ、て」


(マオ)の問いに答えている最中、フラッと体勢を崩し後ろへ引っくり返る(イツキ)

慌てて(イツキ)と床の間に身体を滑り込ませた(アズマ)が下敷きになり頭を強打、痛っ!!と悲鳴。1HIT。


「なんで一気(いっき)に飲んだのよ!?」

「えー?美味しかっ…たらら…」


回らない呂律(ろれつ)で喋ったかと思えば、すぐにスピィと寝息が聞こえた。秒速。(アズマ)(イツキ)をソファまでズリズリと運ぶ。

嫌な展開だな、と(アズマ)は思った。(イツキ)が潰れるのが早過ぎる…これはカオスな予感…。

もう飲んだのかなどと言いはしたが(マオ)も既に2本目を開栓している。皆ハイペースだ。


「連合道って今どこが管理してる?」

「城塞福利やないですか、水道管のメンテとかやっとるし」

「もともと違ったけどな。城塞福利が覗きに来たんだよ、真面目だから。衛生環境よろしくねぇつって」

「ガサ入れやな」

「しょうがないね、あそこは西頭村(となり)から水勝手に引き込んでるから」


九龍城内での水問題は深刻だ。飲用に耐えうる井戸が無い地域もあり、そういった汚染の激しい場所ではもはや地下水は生活用水としても怪しい。住民達は外部から運ばれてきた水を買ったり近隣の町から排水管をツギハギして水源確保している。


「あれ、でもこの前水止まってなかった?」

「元栓閉めてんだわ。で、ポンプ壊れたつって金集めんの。管理人がギャンブル中毒だからな、澳門(マカオ)で負けたら水止めんのよ」


燈瑩(トウエイ)の言葉に返事をしつつシシッと笑う(マオ)。それで美東団地の方の供給業者に客とられたみたいだぜと愉しそうな顔をする。

水道のビジネスはマフィアの重要な資金源の一部。上水料金の値上げ騒動で住人とマフィアが衝突した折、リーダーはこう宣言した────‘値上げに反対するヤツがいたら、公衆の面前で首を斬り落としてやる’。


飲んで喋って1時間、2時間。酔いが回るにつれ会話は更に物騒に。


「九龍灣から中流階級まで入り込んできてたブローカーどうなったんだよ」

「殺し…死んだ」

燈瑩(おまえ)今殺したつったろ」

(マオ)、ツッコまんといて」

「まぁ助かったわ。密入国の奴らダルかったからな」

「ほんと?良かった、()るのに手ぇかかったんだよね」

「お巡りさぁんコイツですぅ」

「光明街のチンピラは?」

「それは(イツキ)が全部片付けた」

「え?あんな目立つ所で?死体どうしたの」

「殺したの前提やないすか」

「全部売った」

「殺したんか」


雑談(・・)の間に酒と料理はどんどん減っていき、足りなさそうだな…何か作るか…?と考えていた(アズマ)の視界の端で(イツキ)が起き上がる。


「あ、(イツキ)起きた───のっ!?」



言い終わる前に視界は反転し、(アズマ)は空中を舞っていた。

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