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九龍懐古  作者: カロン
和気藹々
134/492

士多啤梨とこれから

和気藹々9






「─────っぷは!!(ネイ)大丈夫?」


断崖よりかなり離れた場所で、(イツキ)が水面から顔を出す。その腕の中にいる(ネイ)も何度か荒い呼吸を繰り返してから頷いた。


(イツキ)は遠くに見える岬を見やる。霧が立ち込め霞んでいる…天気が悪く湿度も高い、(もや)がかかっていたのは有り難かった。もう崖の上からでは2人の姿を視認出来ないはず。

チンピラは(ネイ)の死体をあまり捜しもせず早々に撤退するだろうと(イツキ)達は踏んでいたが、とにかく上手くいった。


(ネイ)の顔に視線を向けて、口からまだこぼれている血のようなものに目を丸くする(イツキ)


「うわ。口真っ赤」

「ん…でも、美味しいです、これ」


美味しいのか。そういや(アズマ)(レン)と2人であーだこーだ言って一生懸命下拵(したごしら)えしてたな。


───食紅混ぜます?シロップのほうがいいんじゃね。ゼラチンで周り固めましょうか。ジャム加えたらドロッとしてリアルだろ、士多啤梨(イチゴ)士多啤梨(イチゴ)。あっ僕ちょうど山から取ってきたんですよ!…山から?


【東風】に帰ってまだ余ってたらちょっとわけてもらおうかな、と思いながら、(イツキ)(ネイ)を抱え沖合へ泳ぐ。


(ネイ)が放ったあの銃声は空砲。撃った衝撃で胸元の血糊の袋を爆発させ、口に含んでいた小袋も噛み砕く。倒れ込んで崖下へ…そして中腹で待機していた(イツキ)がタイミングを合わせて飛び出し(ネイ)を空中でキャッチ。その勢いのまま2人で岩場の向こうの海にダイブ、しばらく潜って潮の流れに乗り時間と距離を稼いだところで水面に浮上したのだった。


とはいえ博打めいた側面もあった。城塞内から外まで引き付けられるか、岬に連れてこられるか、芝居は出来るか、飛び降りる覚悟はあるか。全てが揃ったからこその成功、それに不可欠だったのは(ネイ)の勇気だ。


(ネイ)、すごいよ。頑張ったね」


(イツキ)が素直に褒め称えると(ネイ)は恥ずかしそうに睫毛を伏せ、照れた表情で微笑みありがとうございますと呟く。


ごめんなさいじゃない。こういう時は、ありがとうなのだ。


のんびり進んでいくらか行くと、1隻の船がチカチカと灯りを点滅させているのが見えた。手を振って近付く(イツキ)、船上から浮き輪が海に投げ込まれたので捕まりたぐり寄せてもらう。


「お疲れ様、ケガとかしてない?」

「うん。ありがと燈瑩(トウエイ)


迎えに来ていたのは燈瑩(トウエイ)。2人をデッキへ引き上げると再び船内に。(イツキ)(ネイ)も中に入り、タオルで身体を拭いていると、着替えもあるからと操縦席から声がした。


(イツキ)が頭にタオルをかぶったまま運転室に行けば(くわ)え煙草の燈瑩(トウエイ)が振り向き、ちゃんと服かえなよと笑った。

船は崖とは真反対の船着き場へ戻ろうとしている。横から進行方向の窓ガラスを覗き込みつつ口を開く(イツキ)


「追ってきた人達どうしてた?」

「すぐ帰ってたって(カムラ)から報告きたよ。このまま噂も回るんじゃない」

「じゃ成功したかな、死んだフリ作戦」


(イツキ)のネーミングに燈瑩(トウエイ)はまた笑い、成功したはずだけどと答えた。


(ネイ)が生きている間中(あいだじゅう)、金やら裏社会のツテやら何やらを狙ってくるグループは次から次へと現れるだろう。

だったら死んでしまえ(・・・・・・)ばいいのだ。向こうをどうにか出来ないのならこっちをどうにかすればいい。


かといって、死んだという話を流すだけでは信憑性に乏しい。目撃者を作る必要がある。弱小グループでは拡散力が低いので、多少は名のあるグループに一役買ってもらいたい。死体はその場に残せない、けれど誰もが一目瞭然で死んだと思う状況にしなければ。

そこで断崖絶壁。落ちれば死体は出てこなくてもそんなにおかしくはない。だが落ちただけではいまいち説得力に欠けるかも、その前になにか助からないような怪我も負ったほうがいい。念には念を。


(イツキ)に返事をしつつ、(カムラ)からのメッセージを見ていた燈瑩(トウエイ)は目を細め思案した。

本当は…(カムラ)ではなく他の人間に、崖へとやってきた追手の監視を頼もうとしていた。海に消える姿に(カズラ)と重なるところがあるのではと考えたからだ。


だが(カムラ)とて最早(もはや)そんなにヤワな男ではない。


俺も大概過保護だよな…(カムラ)大地(ダイチ)(みんな)いつまでも子供って訳じゃないのに…そう考えて1人で頬を緩める燈瑩(トウエイ)に、(イツキ)は、どしたの?と首を傾げた。



と、燈瑩(トウエイ)の携帯が鳴る。着信大地(ダイチ)、ビデオ通話。(イツキ)は応答ボタンを押した。


(イツキ)(ゴー)と一緒なんだ、良かった!」

「うん、ちゃんと拾ってもらえた。多分上手く行った」


画面の向こうで、金髪ロングの少女──大地(ダイチ)が明るい表情を見せる。身に纏うドレス風の衣装が可愛い。

念には念を。今日出くわしたチンピラ達と今後九龍内で鉢合わせることがあったとしても問題が無いように、変装をして別人に扮していた。男だってバレてないかなと言う(イツキ)に、チンピラが‘どっちの女だ?’って話してたの聞こえたよと大地(ダイチ)はニンマリする。ふぅんと答えて(イツキ)はブロンドの髪を見詰めた。


「金髪もいいね、大地(ダイチ)

「ほんと?金髪ショートやってみよっかな…あ、(マオ)とカブっちゃうか」


カブるどうこう以前に派手さに(カムラ)が卒倒しそうである。

ほどなく、身支度を整えた(ネイ)も現れ会話に参加する。


(ネイ)、すごいね!あんな所からジャンプしてさ!怖くなかった?」

「うん…みんなが居てくれたし…」


興奮した様子で賛辞を送る大地(ダイチ)(ネイ)ははにかみ、変わりたかったからと小さくこぼす。


弱い自分、なにも出来ない自分、後ろ向きな自分。そんな自分とはあの崖で決別した。

【紫竹】だって関係ない。これからは────…


「戻ってきたらさ、最後の作戦しよ?」


大地(ダイチ)の言葉に頷く(ネイ)


穏やかな細波(さざなみ)の音が、あたたかい風が流れる九龍灣に響いた。

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