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九龍懐古  作者: カロン
和気藹々
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銃声と断崖絶壁

和気藹々8






裏も表も、景気のいい話に食い付くのは人の(さが)。例えあまり興味がなかったとしても耳には入ってくるものだ。

どうやらまたひとつ、裏社会で景気のいい話があるらしい。(ほの)めかしているのは九龍でもそこそこ大きいグループ、近々(わり)のいいヤマを踏むと。




(ネイ)の件やろな」


昼下りの食肆(レストラン)(カムラ)が月餅を(かじ)りながらテーブルをコンコンと叩く。(カムラ)が1個食べ終わる間に(イツキ)は3個胃袋に収めていた。どんどんおかわりを持ってくる(レン)(カムラ)は会計の懸念をするも、(イツキ)がピッと【東風】の集金袋を掲げると、あぁと納得しその問題は即座に解決。馬拉糕(マーラーカオ)が追加注文された。


今回(ネイ)へとちょっかいをかけようとしているグループの目的が身代金か香港マフィアとのパイプなのかはわからないけれど、どちらにしろそれは焦点ではない。


‘そこそこ大きいグループ’。ここが重要。


(イツキ)の提案から皆で色々意見を出し、おおまかなストーリーを作り上げた。粗筋(あらすじ)は決定し細かい部分はぶっつけ本番、あとは実行するのみ…そのタイミングを窺っていた最中に舞い込んできたチャンスだ。


大地(ダイチ)が新しい月餅を半分に割って、真ん中からかぶりつきつつ質問。


「いつ狙ってくるかとかわかるの?」

「うーん、正確にはちとわからんけど…時間帯は十中八九(ネイ)の仕事帰りやろから、日にちはこっちから情報流して誘導(・・)したらええんとちゃうか」


唸る(カムラ)におっけーおっけーと返事をする大地(ダイチ)(イツキ)も5個目の月餅を口に詰めつつ首を縦に振る。


「んな軽い返事ぃしよって…危ないんやぞ?ホンマに…」

「大丈夫だよ、みんながついててくれるじゃん。ねぇ(ネイ)?」


(カムラ)が困り顔をするも、大地(ダイチ)はにこやかに答えて(ネイ)に笑いかける。(ネイ)は眉を下げて小さく頷いた。


「ま、ええわ…したら早いに越したことないわな。他ん奴らもほっとかんやろし、燈瑩(トウエイ)さんに相談して最短で動くわ」

「ラジャ!任せた(カムラ)!」

「お願いします」

「ひまっはらほへにほほひえへ」

(イツキ)、なんて?」


大地(ダイチ)が掌を突き出す。(イツキ)が自分の手を重ねて、(カムラ)も笑って同じ動作。大地(ダイチ)が視線を合わせると、(ネイ)もおずおずと手を差し伸べた。


「よし、じゃあ行きましゅよ!!」


急に後ろから参加してきた(レン)が音頭を取る。

おう、うん、はい、いぇーいと全く揃わない掛け声と共に作戦はスタートした。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






とある日の夕方。


「お疲れ様でした!」


可愛らしい声が聞こえ、昼の営業を終了した従業員がバラバラとバーから出てくる。太陽が傾き夜が近づく城塞内、各々(おのおの)家路を急ぎ路地裏を歩く。


寄り添って薄暗い道を進む金髪の少女と黒髪の少女。そしてその2人を追い掛ける黒い影───それを目にとめると、少女達は慌てて走り出した。

狭い道をちょこまかと逃げるも、追手との距離はなかなか離れず。九龍城砦の端まで行くと少女の1人は西頭村のほうへ、もう1人は九龍灣を見下ろせる岬のほうへ駆けていく。


「どっちの女だ!?」

「黒髪のほうだよ!」


男達が声を上げた。二手に分かれたうち、岬へ向かった黒髪…(ネイ)のあとをつける。

物陰に身を潜めて動向を確認した金髪の少女は、こっそりとどこかへ連絡を入れた。


「行った行った、そっち。ん!よろしく!」


電話口の相手は了解と端的に応える。

空が曇り、夜霧が九龍城を包んだ。







辿り着いた、海を見下ろす岬で(ネイ)は振り返る。詰め寄る男達、(もや)のかかる視界、背中には断崖絶壁。

ジリジリ後退(あとずさ)ると、足元でカララッと小石が崖を転がり落ちた。これ以上は下がれない…逃げ場は無く絶対絶命。



─────予定通り。



「来ないで!!」


(ネイ)はキッと正面を見据えて叫ぶと、幼い身体に不似合いな銃を(かばん)から取り出す。予想外の行動にたじろぐ男達。


小さな両手でしっかりとグリップを握り、瞳を閉じて、フゥと息を吐く。

大丈夫。練習もした。私にはみんなもついてる、怖くない。そう、大丈夫、大丈夫───やってみせる。


「【紫竹】の娘だからこうして狙ってくるんでしょう?私が居る限り終わらない…もう、疲れちゃった…」


薄く瞼を開き呟く。拳銃を構えるその手は震えている。緊張と動悸。でも上手く言えてる────大丈夫、大丈夫。


「こんなことがずっと続くくらいなら、私───…」




スウッと銃口を自身の胸元に向け、引き金をひいた。




止める暇も無く、乾いた音が響き血飛沫が上がった。


花柄のワンピースが真っ赤に染まる。口から血を溢れ出させながら(ネイ)は不敵な笑みを見せた。身体がグラリと後ろに傾いて、その姿はあっという間に崖下へと落ちていく。呆気にとられて固まっていた男達が駆け寄り覗き込むも時すでに遅し、眼下ではただ打ち寄せる波が岩場で砕け散っているだけだった。


この高さでは恐らく助からない。いや、それ以前に銃創も…地面に滴る赤黒い液体。

狙っていた標的が目の前で死んでしまった、これでは身代金やパイプどころではなく、それどころか余計な追求をされかねない。男達は顔を見合わせ、すぐに踵を返して蜘蛛の子を散らすようにその場から遠ざかって行く。



人気(ひとけ)のない岬。胡乱(うろん)な静寂が、霧に煙る海に漂っていた。


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