家庭事情とお会計・前
和気藹々6
そこまでおかしなことではない。
子供にはいつだって需要がある、売手も買手も欲しがっている。出自のわからない子供。戸籍のない子供。棄てられた子供。スラムや貧民街は商人達のパラダイスだ。
寧が狙われたのも不思議ではなかった。けれど、狙われたのではなく付け狙われたとなれば話は変わってくる。
わざわざ寧を追いかける理由──見えてきた事実は、看過できない程度には重要な問題をはらんでいた。
夕飯時、蓮の食肆でデザートを頬張る樹。
「落ちましたよぉ!」
「ほんほは。ありがほ蓮」
ニコニコと上着を両手で掲げる吉娃娃に、樹は揚枝甘露を口いっぱいに含みながら礼を言う。隣で身体を小さくする寧。
蓮は、血は食器用洗剤でよく落ちるんですよぉ!と豆知識を披露しつつ、ここで乾かしときますねとまだ濡れている上着をハンガーに干す。
バーの備品を買い出しに行った帰りに、寧はまたしても人攫いと遭遇…しかしタイミングよく、何でも屋の配達終わりに蓮の食肆へおやつを食べに来た樹が通りがかり、誘拐犯はあっという間にボコボコに。
樹は連中を適当に纏めて路地裏に積み上げると一旦寧をバーに送った。そして足早に現場へ帰還、簀巻きにしてあった男達にどこのグループか?他に仲間はいるのか?などなどいつもの質問をし、特に問題が無いとわかると例のごとくポキポキ首をへし折った。
死体は燈瑩が言っていた‘捨てるのにオススメの場所リスト’の中から1番近い裏道──別にそのままその辺に転がしておいてもいいんだけど、なんとなく、一応──まで運搬。それからバーに戻って寧と一緒に蓮の店へ。
上着についた返り血を蓮が洗ってくれるというので、お言葉に甘えてデザートを食べながら洗濯を待つことにしたのだった。
危険な目にあった事、またもや厄介をかけてしまった事、帰りが遅くなりそうな事…綯い交ぜになった寧がソワソワしているので、樹は俺から上に説明しとくよと携帯を開く。数回コールが鳴った後、燈瑩が出た。
「あれ燈瑩?上は?あ、そう…てかさっき天后古廟の裏に何人かポイってしちゃったんだけど平気だよね?別に何でも無い感じの…いや、寧が… ……」
通話を終え、上ご飯食べに来るって、燈瑩も居るみたいと樹は寧の顔を見る。‘何人かポイってしちゃった’の件で寧は若干キョトンとしていたが、とりあえず聞き返されはしなかった。
「樹さん、ごめんなさい…」
「なにが?」
寧が謝るも既に樹の意識は完全にスイーツに移っている、先程の出来事など微塵も気にしていないようだ。樹は寧も食べなよ、これ蓮からのサービス、あっでも熱いから気を付けてと湯圆の入った器を差し出す。
「あの…私…」
「ん?」
湯圆嫌い?と首を傾げる樹に視線を合わせ考え込む寧。
───優しい。樹も、蓮も、みんな。なのに自分は謝ってばかり、助けてもらっても何にも出来ない…昔からずっとこう、私なんて…自己嫌悪する寧の頭に大地の台詞が響く。
‘今までのことは変えられないけど、今からのことは変えられるじゃん’
今からのことは、変えられる。
そうだ。まだ思うように行かない自分でも、それでも、何か出来る事があるはずで。返したいなら、変えていきたいなら、きっとこういうときは───ごめんなさいじゃない。
「…ありがとう、ございます」
「うん」
謝罪ではなく、感謝を。後ろ向きな言葉じゃ駄目なんだ。
勇気と決意を含んだ寧の声。少しずつ前に進もうとする意志を宿す涅色の瞳に応えるように、樹も頷いた。
2人がデザートを平らげた頃、燈瑩と上だけでなく猫と大地もやってきた。
あら、全員揃っちゃったな…意図せずに仲間外れになってしまった東を不憫に思い、樹は一言〈食肆〉とメールを打つ。吉娃娃の絵文字も添付。
すぐに東からサムズアップのスタンプの返信、30分もすればここに来るだろう。
円卓を囲み本日のオススメから定番まで山ほど注文した料理を皆でつつくも、あまり箸を進めない上に樹は疑問符を浮かべる。燈瑩も殆ど食べていない、‘ご飯を食べに来る’とは言っていたが本当の目的は違うのか。
上がチラチラと寧を見た。何か尋ねようとして口を開きかけ、閉じ。開きかけ、閉じ。
痺れを切らした猫が声を上げる。
「おい、寧。なんか隠してることあんだろ。饅頭が聞きてぇってよ」
いきなりの質問に寧は目をパチクリさせたが慌てて首を横に振った。何のことだかわからない様子。
上が焦るも、饅頭てめぇ燈瑩と調べたんだろと猫。その内容を確かめる為わざわざ猫も付いてきたのだ。
寧の反応に、隠している訳ではないのだと思った燈瑩が質問を変えた。
「えっと…最近【紫竹】の龍頭の娘が九龍に来たっていう噂聞いたんだけど」
途端に寧の顔が青ざめる。そこでもう答えは出ていたが、燈瑩は続けた。
「その娘って───寧ちゃんじゃない?」




