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九龍懐古  作者: カロン
和気藹々
128/492

無心とトラブル

和気藹々4






夕暮れの九龍城砦。(カムラ)燈瑩(トウエイ)は廃倉庫に足を向けていた。


【宵城】での話し合いのあと、裏社会(そっち)方面に顔が広い燈瑩(トウエイ)に中継ぎしてもらい【飛鷹】と話をつけたのだ。多少揉めることも覚悟していたがすんなりと交渉は終わり、残るは渡す物を渡す(・・・・・・)のみ。

(カムラ)は1人で向かうと主張するも結局燈瑩(トウエイ)と2人で行くことに。(あいだ)を繋いでおいて顔を出さない訳にもいかないし、などと燈瑩(トウエイ)は言うが明らかに建前。


庇われている。いつまで経っても───悔しいなぁ、もう…。拳を握り締める(カムラ)

その様子が先日の大地(ダイチ)とそっくりで、兄弟揃っての同じ仕草を微笑ましく思い燈瑩(トウエイ)は目尻を下げた。


しばらくのち、【飛鷹】のメンバーが取り決めの時刻よりかなり前に到着。してもしなくてもいいような挨拶を交わし、二言三言(ふたことみこと)立ち話をしたが、メンバーは早々に金を回収してこれでチャラだと言い残し去っていく。時間にしてものの3分程度。

いやにサッパリしている…引っ掛かりを感じて燈瑩(トウエイ)は眉を(ひそ)めた。男達のソワソワした態度もそう。とっとと切り上げたいような印象、こちらが ‘貸付金’より上乗せして払ったとはいえ随分あっさり手を引き過ぎる。商品を横取りされたことへの嫌味も無し。

まるで───横取りされて良かったような。


なにもなく終わりましたねとホッと胸を撫で下ろしている(カムラ)。違和感は拭い切れなかった燈瑩(トウエイ)だが、とりあえず微笑み返し、(カムラ)の背中をポンと叩き帰路につく。


(ぬる)い風が九龍に夜を運んだ。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「これで一応落ち着いたはずやから。明日から(マオ)んとこで働けるで」


燈瑩(トウエイ)と別れ、家に帰りついた(カムラ)が報告すると大地(ダイチ)はガッツポーズをし(ネイ)は頭を下げた。


「あの、ほんとに私…ごめんなさい…」


お仕事頑張ります、ごめんなさい、ごめんなさいと呟く(ネイ)大地(ダイチ)は首を傾げる。


「なんでそんなすぐ謝るの?」

「だって…迷惑だから、私なんて…」

「迷惑じゃないよ、俺達───俺がやりたくてやってるんだから」

「別に俺達でええよ」


ほとんど自分の駄々だったかと思い言い直す大地(ダイチ)(カムラ)が口を挟んだ。大地(ダイチ)がありがとうと返事をすると、聞いていた(ネイ)が再びごめんなさいと発する。


「私…何も出来なくって…」

「そんなことないよ、最初の日だって犬捕まえてくれたじゃん」

「あれは偶々(たまたま)で…私役に立たないから…」


(ネイ)はやけに自分を低く見積もる。

今までの生活環境のせいだろうか?思考を巡らせる大地(ダイチ)。詳細を訊いたことはなかったが…しかし、彼女から語られるまではそこに踏み込むのは違う気がしていた。


大地(ダイチ)(ネイ)に向き直る。気持ちを伝えて欲しいなら、まず、自分から伝えるべきだ。


「あのさ。俺、いつもみんなにすごい助けられてるんだよね。早く何か返したいんだけど、まだ全然何にも返せないし、心配ばっかかけてる。思うように行かなくてめちゃくちゃ悔しくてさ」


黙りこくる(ネイ)の手にそっと自分の手を重ね、言葉を紡ぐ。


「でも…俺にも出来る事が、出来てる事があるって、それもみんなが教えてくれた。(ネイ)もそうだよ。俺は(ネイ)と友達になれて良かった」


大地(ダイチ)はニッコリ笑うと、重ねた(てのひら)に優しく力を込める。


(ネイ)は俺の力になってくれてるし、これからだってまた誰かの力になれるはずだよ。今までのことは変えられないけど、今からのことは変えられるじゃん。だから一緒に頑張ろ」


(ネイ)の瞳が潤んだ。


大地(ダイチ)の台詞には裏表が無い。いつだって素直で純粋で、明るく前向き。その姿は、大地(ダイチ)が思っている以上に人の心を動かしていく。


(ネイ)は小さく頷き、うん、と微かに応えた。


「ねぇ(カムラ)、明日……うわ何!?怖っ!!」


(マオ)のバーに初出勤の(ネイ)を送っていこうよ、と言おうとして振り返った大地(ダイチ)の目に飛び込む、涙と鼻水を流した妖怪の様な泣き顔の(カムラ)


「え、ええこと言うやん…グスッ…」

「普通じゃない?泣くほど?」

「いや、大地(ダイチ)も…せ、成長じだんやなぁっで思っで…ズビッ…」

「するでしょそりゃ。鼻水拭いてよ」


一体なんなんだという表情で大地(ダイチ)(カムラ)にティッシュを渡す。その様子を見ていた(ネイ)から、ほんのわずか、笑顔がこぼれた。


「あ!笑った!(カムラ)もっと変な顔してよ、そしたら(ネイ)が笑う!」

「変な顔て…酷ない…?ズビッ」


大地(ダイチ)の無茶振りに困惑する(カムラ)、2人のやり取りにまた(ネイ)がクスッとする。初めて表に出たその(ネイ)の感情に、大地(ダイチ)も満面の笑みを浮かべた。






翌日以降、バーの手伝いを始めた(ネイ)はよく働いた。言われた仕事は一生懸命こなし周りの人間からの評判も良い。

(レン)の店のデリバリーも請け負い、話を聞いた(イツキ)が毎日デザートを全種類注文してくれる。おかげで(アズマ)が金策に追われているがそこはまぁ誰の(あずか)り知るところでもない。

(ネイ)も環境に馴染んでいくにつれ段々と口数も増え、やっぱり自己肯定感は低いものの、年相応な一面も見せるように。


そんな日々が続いていたある日。






仕事帰り。いつもより退勤が遅くなってしまった(ネイ)がバーを出る頃には、九龍は暗闇に包まれていた。

(カムラ)に連絡を入れようか迷ったが気を遣わせるのも悪いと思い直し、そのまま路地を走ってなるべく急いで家に帰ることに。

普段と同じ大通りを抜けようとして…やめた。手前の小道を曲がる。おそらくここを突っ切った方が早いのだ、これならグルッと街を回らなくても済む。


途中で大地(ダイチ)からメールがきた。どこに居るか聞かれ壁に書かれた文字を頼りに場所を伝える。すぐに電話があり応答すると、焦った様子の大地(ダイチ)の声。


(ネイ)、誰かと一緒?」

「ううん…1人だけど…」

「わかった、その道まっすぐ来て!俺近くにいるから迎えに行く!」


通話を切って、考え込む(ネイ)。何かマズかったかな。走る速度を早める。

もうすぐまた大通りに出るはず。そうしたら大地(ダイチ)と合流して────…


ふと誰かの足音が聞こえた。(ネイ)が後ろを向くと、見知らぬ男が立っている。


「え…あの…」


どうしましたか、と律儀に問いかけようとした(ネイ)に男が両手を伸ばした。後退(あとずさ)(ネイ)

瞬間、頭上をなにかが通り過ぎて男の顔面にブチ当たる。──中身の詰まったゴミ袋だった。袋が破け、生ゴミを被った男が慌てる。


「こっち!!」


ゴミ袋を投げたらしき大地(ダイチ)の声が響き、(ネイ)はその方向に駆け出した。大地(ダイチ)(ネイ)の手を取って裏道をジグザグに走る。体躯の小さな子供しか通れない路地、これなら追い掛けられる心配は無い。(ひら)けた場所にでると2人は道路にへたり込んだ。息を切らせながら大地(ダイチ)が笑う。


「良かった、間に合って…。あの辺の道はさぁ…危ないから。通っちゃ、駄目だよ」 

「ごめん…近道、かと、思って…」


(ネイ)も呼吸を整える。近道なら安全なのが他にあるから教えてあげる、と大地(ダイチ)。ひと息ついてから(カムラ)の電話を鳴らした。


「あっ(カムラ)?お願い!迎えに来て!今花街。あの茶餐廳(チャーチャンテーン)の近く。うん、(ネイ)も居るよ」


通話を終えた大地(ダイチ)(ネイ)が改めて謝罪を口にする。


「ごめんね大地(ダイチ)、また迷惑かけちゃった」

「え?知らなかったんだから仕方ないじゃん。それより茶餐廳(チャーチャンテーン)で夕飯食べて帰ろ!」


(カムラ)説得するの手伝ってよ、夜の街は子供には危険だとか言ってすぐ帰りたがるからさぁと大地(ダイチ)は舌を出した。その言葉に(ネイ)も笑って、何を注文するか相談しながら(カムラ)を待つ。


なんでもないトラブル───そう思えた。


また、新たな事件が起こるまでは。

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