表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
和気藹々
127/492

流行りとひとつ‘貸し’・後

和気藹々3






「って訳なんやけど。雇ってもらえんかな」

「首突っ込まねぇつってたのどこの誰だよ」


【宵城】最上階。事情を聞いた(マオ)が案の定渋面(じゅうめん)を作る。大地(ダイチ)のこと雇ったやんとうっすら文句をつける(カムラ)へ、あれはまた別だと(てのひら)をヒラヒラさせた。その様子に、窓際で煙草を吸う燈瑩(トウエイ)が笑う。


「ほんと、いきなり来て(ろく)な事言わねぇな」

「だからこそいきなり来たんだよ」

大地(おまえ)はそーゆー()(くち)ばっかり学ぶんじゃねぇ」


大地(ダイチ)の言い分に納得しながら呆れつつ、(マオ)は苦い表情で少女を見た。


まず若過ぎる。【宵城】で使うことは出来ない。(レン)の店の女は足りている、欲しかったのはバーの方の客引きだ。スタッフでもいいが…つとまるのだろうか?この子に。しかし何より、1番の懸念はそこではない。


(マオ)はパイプの先をピッと大地(ダイチ)に向けた。


「つうかてめぇ、知り合ったヤツ全員助ける気か?犬猫拾うんじゃねーんだ、犬猫だって片っ端から拾えねぇだろ」


(カムラ)の家計は自転車操業。まれに財布が潤うときもあるが基本的にギリギリの生活。そんな中でチマチマと貯めていた金を見ず知らずの少女に投資する。仕事をあてがって返済していってもらうにしろ、半分は賭けだ。

親近感がわいて同情心が芽生えたとはいえ、そんな境遇の人間は九龍城砦(ここ)にはゴロゴロいる。いちいち助け起こしてなどいられない…よほど余裕のある者でなければ。


「自分で責任持てねぇ事はすんじゃねぇよ」


ため息をつく(マオ)大地(ダイチ)が食い下がった。


「だけど見捨てられないよ。もう友達だもん。俺に出来ることは少ないけど、手の届く相手には手を伸ばしたいよ」


大地(ダイチ)とて、全員を救うのなんて到底無理なのは百も承知。そんな大逸れた考えでもない。ただ、こうして出会えた、今目の前に居る人くらいは。


「俺だって…そうやって助けられたから」


かつて自分がそうしてもらったように。


燈瑩(トウエイ)が、大地(ダイチ)の言葉に驚いた様子でわずかに目を見開いた。(カムラ)は瞼を伏せる。

真っ直ぐな大地(ダイチ)の瞳。(マオ)はガリガリと頭をかいて、そりゃ力のある人間(ヤツ)だけが使える手段だろと呟きチラリと燈瑩(トウエイ)を見る。どうする?そう問うような視線。


燈瑩(トウエイ)は一口煙草を深く吸い込んで、ゆっくり煙を吐くと(マオ)に微笑んだ。その返答(・・)に思いっ切り嫌そうな顔をした(マオ)だったが、わかったと言って雇用を了承。言葉を続けた。


「お前、(ネイ)だっけ?何にも持ってねぇんだろ?支度金やるよ。それで準備してこい」


店が新しいキャストを雇う際、仕事用品を買い揃えたり身だしなみを整える為に支度金として現金を支給することがある。(マオ)から見て、(カムラ)の手持ちだとこの少女の購入代金及び生活費が(まかな)えないのではと判断しての発言。


「え、そんな、私お金を頂けるほどじゃ…」

「だったら後で返せよ。自分(テメェ)の力でプラスにしてみせろ」


(ネイ)は慌てたが被せるように(マオ)が答えた。(カムラ)も何か言いかけるも、雇うって決めたのは俺だ黙れ饅頭、平べったくされてぇかと一喝される。


「いや、そんな圧かけることないやん…」

「そうだよ。照れ屋なんだから(マオ)は」

「お前から()すぞ燈瑩(トウエイ)


言うが早いか、(マオ)が目にも止まらぬ速さで鉄扇を投げ付ける。それを眼前でキャッチし(あっぶ)な!と笑う燈瑩(トウエイ)を横目に、(カムラ)が急な攻防とその素早さに驚愕の表情を見せた。(アズマ)だったら当たってたのによと(マオ)はつまらなそうに舌打ちをする。


一方、大地(ダイチ)は話が(まと)まったことに安堵しつつ一抹の悔しさも感じていた。

(マオ)には譲歩してもらったし、さっきの様子からして燈瑩(トウエイ)も策を講じてくれるのであろう。やっぱり自分だけではどうしようもない、みんなの手も(わずら)わせることになってしまう。

もっと成長したい。自分達を(たす)けてくれたあの頃の(ゴー)みたいにとまではもちろんいかないけれど、もっと…。


俯き拳を握る大地(ダイチ)(マオ)が声を掛ける。


「おい、大地(ダイチ)。ひとつ‘貸し’だぜ」

「!」


大地(ダイチ)はパッと表情を明るくした。笑顔で勢いよく頷く。


これは‘貸し’なのだ。ワガママをきいてもらった訳じゃない。つまり───対等に扱ってもらえているということ。少しだけでも認められた、そんな気がして大地(ダイチ)は嬉しかった。


(ネイ)が皆を見回して頭を下げる。


「あの、私、頑張って働いてお金返していきます…(カムラ)さんにも、(マオ)さんにも。あと、大地(ダイチ)にも払わなきゃ…」

「え?なんで?」

「だって大地(ダイチ)は仲介屋さんなんでしょ?私、お仕事とか仲介してもらったし…」


大地(ダイチ)はケラケラ笑って俺は何も出来てないよと答えるが、(ネイ)も引き下がらない。気弱そうだが意外と芯は強いのか。


「じゃあ、たまにジュースとかおごってよ。俺お酒は飲まないからさ。(マオ)の店のジュース美味しんだよねぇ」

「そりゃお前が(たけ)ぇのばっか飲むからだろ」


どうせ高額なのを開けるなら酒にしろとボヤく(マオ)に、大地(ダイチ)()だよと悪戯(いたずら)な表情。無理無理!俺が払う羽目んなるやん!と(カムラ)が首をブンブン振った。





こうして、騒動はひとまず一件落着した。


────ように見えたが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ