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九龍懐古  作者: カロン
和気藹々
125/492

流行りとひとつ‘貸し’・前

和気藹々2






「ガッツリ流行り(・・・)に乗っかっとるやん…」


(カムラ)は天井を仰いだ。仰いだ先に黒ずみを見付ける。あ、タイルのシミ増えよった…また水漏れしとるわ、この前直してんけど…ボロいねんなここん()───そんなことより。


話によるとこの少女、外から九龍城砦に棄てられた子供のようだ。単に棄てられたのならまだ良かった。棄てた側はマフィアに金を借りている模様…(すなわ)ち、売られたという事。


彼女は数日前ほとんど飲まず食わずの状態でスラムに置いていかれたが、回収(・・)される前にどうにかこうにか花街付近まで辿り着いた。残飯を漁りながら当てもなく彷徨ったのち力尽きて路地裏でへたり込んでいた所、寺子屋帰りの大地(ダイチ)と遭遇したらしい。


「クラスメイトの飼い犬が居なくなっちゃってさ。探して欲しいって頼まれたんだけど…それくらいなら1人でも出来るかと思って、近所見て回ってたんだよね」


この前も幽霊事件解決したし!と得意げな大地(ダイチ)(マオ)に付いてきてもらっとったやないかと(カムラ)は答えたが、それは(カムラ)がウルサイからですぅと反論された。


「したら、(ネイ)が捕まえてくれてたの」


大地(ダイチ)は少女に笑いかける。少女は申し訳無さそうな顔をして、たまたま出会って一緒にいただけです、人懐っこい()だったから…と消え入りそうに言った。

だがこの少女、(ネイ)が犬の傍に居てくれたことは有り難かった。九龍(ここ)では犬は食用でもある、野良だと間違われてはうっかり捕獲されて食べられてしまう可能性だって十二分(じゅうにぶん)だ。

犬と寄り添うように路地裏で縮こまっていた(ネイ)大地(ダイチ)は礼を言い、買い食いしていた鶏蛋仔(エッグワッフル)を分け与え一通(ひととお)り成りゆきを聞いた。それから犬を飼い主のもとへ届け、行き場のない(ネイ)は家に連れて帰ってくることに。


そしてこの状況である。


「だからさ、何とか助けられないかなぁ?」

「…いうてもな…」


(ネイ)の身の上話には(カムラ)も思うところがあった。10年前、自分も似たような状況に陥っていたからだ。スラム街でゴミ箱を覗き込む日々。親に棄てられた訳では無くとも…別に大差はない。

助けたいような気もした。しかし、これでは横取りだ。売った相手がマフィアに金を戻すかこちらがマフィアに金を払うかしなければ収まらない。


「先立つもん無いとどないしようもあらへんて。やけどウチにそんな余裕ないで」

「俺の貯金全部出すから!」

「全然足りひんやろ」


そもそもどこのマフィアが買い手なのかもわからない。(カムラ)大地(ダイチ)が問答していると、(ネイ)がおずおずと口を開いた。


「【飛鷹】、だと思います。お母さんが電話してるの聞いたから…」


耳にしたことのある名前に(カムラ)が眉を上げる。そこなら大したグループではない、マフィアというよりチンピラだ。


「せやったら…そないデカい額ちゃうか…」


口走ってから、失礼だったと思い(カムラ)はすまんと謝った。彼女に対して暗に‘安値’と発言してしまったようなものだ。


「いいんです、わかってます。はした金で売られたんです」


小さな身体をますます小さくする(ネイ)


はした金なんて言葉がこんなに幼い子供から出る。そんなことは九龍城砦では茶飯事だけれど、目の前にしてしまえば冷たくあしらうことも出来ず。

電話を聞いていたのなら売り飛ばされるのはわかっていたはず。けれど母に付いてきた。親を信じて一縷(いちる)の望みに縋ったのか、それとも棄てられたほうがマシなほどの生活だったのか。


(カムラ)は眉間にシワを寄せ頭をひねった。


そういや(マオ)が手伝い探しとったな。(レン)の店のなんかやったっけ。そんでこの子に仕事させてもろて…いや、どっちみち最初にチンピラに渡す金は必要んなるな…俺の手持ちと大地(ダイチ)の小遣いで足りるんやろか?チンピラと話つけて金ぇ渡しに行くんやって大地(ダイチ)じゃあ出来ん。俺がやるしか…。


難しい顔で黙り込む(カムラ)を見て、(ネイ)は立ち上がりバッとお辞儀をした。


「あの、ごめんなさい…私、出て行きますから…!迷惑かけちゃって、ほんとに…っ…」


お菓子美味しかったです、ごちそうさまでした。と震える声で呟く。


「ちょお待ってや。今考えとるから。座っとってええよ」


(カムラ)が言い、所在無さげな(ネイ)の腕を大地(ダイチ)が引いた。──どうしても重なってしまう、昔の自分達に。(カムラ)はこめかみを押さえる。


「とりあえず、今日はウチ()り。なんぼで話ついとんのか調べるわ」


この少女自体の金額はわからずとも、【飛鷹】がどのくらいの額で取り引きをしているのかは割り出せるだろう。(カムラ)は携帯を開いてどこかへ電話をかけはじめた。

いくらも経たないうちに目星をつける。最近スラム街での子供の増減について調べていたことが役に立ち、市場の売値の相場がすぐに見えてきた。


大体、2万香港ドル。こういってはなんだがやはり安い。これなら何とかなりそうだ。


(カムラ)は続けて(マオ)の番号を押そうとして───思いとどまった。今からじゃどの道行けない、(マオ)は夜は忙しいし…正直これはあまり良くない(・・・・)話、下手な事を言ったらガチャ切りされる。事前に打診するより明日【宵城】に(ネイ)を直接連れて行ってしまえ。


(カムラ)だってそれなりにズルいのだ、(マオ)への接し方は心得ている。携帯をしまい夕飯作るでと声を上げると、大地(ダイチ)がラジャっと敬礼し(ネイ)がすみませんと呟いた。


謝らないでよ、だって申し訳ないもん、いいって言ってるんだからいいの!でも…でも、も何も無いの!

ワチャワチャやっている大地(ダイチ)(ネイ)


(ネイ)のほうが大地(ダイチ)よりは幼いが、ほぼ同じ年頃だ。寺子屋の面々も【東風】に集まっている面々も正味(しょうみ)年齢はバラバラ。大地(ダイチ)と1番近いのは(イツキ)だけれど、並べてしまえばどうしてもお兄ちゃんといった感じが強い。


‘友達’、か。


楽しそうに笑う大地(ダイチ)を見て、(カムラ)はフッと頬を緩ませた。

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