好日と家無き子
和気藹々1
ここのところ、スラム街では子供が増えている。
出生率が上がった訳ではない。単純に数が増えている。といっても際限無く増える訳でもない。見かけない少年少女がパッと現れたと思ったら、パッと消える。
しかしスラムや貧困街はストリートチルドレンだらけなので、知らない人間が増えようが減ろうがあまり気に留める住人はこの魔窟にはいない。自分の身に災いが降りかからなければ日々是好日。
同じ、子供同士以外は。
夕暮れ時、上は路地を急いでいた。
今日の仕事は予定より時間がかかった。情報収集に手間取ったのだ。個人的にスラム街の子供の増減が気になっていたから深掘りしたのもある…大地が天成楼で事件に巻き込まれたのはまだそこそこ記憶に新しい。
猫が助けてくれたはいいものの──というか猫が口を滑らせたのも一因だけれど──何が起こるかわからない。それはそれとしてあの男、先日【宵城】の手伝いなどとのたまって勝手に大地をキャストとして使ったりしていたな。
────‘空’のブロマイド?山ほどあるぜ。印刷するだけだからな。…は?原本寄越せ?だったら上、お前も出すモン出してくんねぇとなぁ?
猫の科白と悪魔じみた笑い声が上の脳内に蘇る。まったく、やめてもろて、ウチの弟は可愛いんやぞ。ファンがついたらまた狙われてまうやないか…ブラコンは家へと向かう早足を駆け足にチェンジした。
スラムで子供が増えているのは、口減らしのために外から九龍城砦へ棄てにくる奴らがいるからだ。主に小金が欲しい場合だが、人身売買はもちろん違法なので、マフィアは客に幾ばくかの銭を貸す。貸してもらった人間は子供を治外法権の九龍へこっそり置いてくる。それをマフィアは拾う。売買成立。
1回九龍を挟む事で現場を直接押さえられないようにしている。金は貸しただけ、子供は迷子になっただけ、砦内にガサは入らない。
回りくどい方法を取らざるを得なくなったのは、少し前から中国当局が人身売買の取り締まりに力を入れだした為。売買を生業としている者は対策としてワンクッションに九龍を利用する。
とはいえ警察も本腰を入れてはおらず、所謂 ‘取り締まり強化月間’ みたいなもの。数ヶ月もすれば裏社会は通常運転。
この手口も一過性のブーム、たまにこうした新手のやり方がにわかに流行る。流行りはそのうちに廃れるので、こういう場合は傍観者を決め込むに限る。特に首を突っ込む理由も無い。
ま、どこん奴らかは知らんが上手いことやっとるよな。関わらんとこ。過ぎ去るのを静かに待つんが賢いねん。思いながら上は自宅の扉を開いた。
「ただいまー…ん?」
キッチンのテーブルには、曲奇をつまむ大地。お茶の良い香り。そして、その隣には知らない少女。
ハムハムと菓子を頬張りながらおかえりと言う大地に上は疑問を投げる。
「友達なん?」
それを聞いた少女は小さく頭を下げ、上もいらっしゃいと返した。
「うん!今日から泊めて!」
大地は頷き元気な声を出す。
今日から。…から?今日は、ではなく?
から、というなら明日以降もということだ。何日泊まるんだ?親は了解済みなのか?と、一瞬、蓮が上の頭をよぎる。
───これはまさか、家が無いのでは。
「良ぉない事情あるんとちゃうやろな」
笑顔で固まる大地。
「えっとぉ…聞いてくれる?」
えへへと顔色をうかがうような大地の笑い方に、上は既に胃痛がしていた。




