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九龍懐古  作者: カロン
和気藹々
124/492

好日と家無き子

和気藹々1






ここのところ、スラム街では子供が増えている。





出生率が上がった訳ではない。単純に数が増えている。といっても際限(さいげん)無く増える訳でもない。見かけない少年少女がパッと現れたと思ったら、パッと消える。

しかしスラムや貧困街はストリートチルドレンだらけなので、知らない人間が増えようが減ろうがあまり気に留める住人はこの魔窟にはいない。自分の身に災いが降りかからなければ日々是好日(にちにちこれこうじつ)


同じ、子供同士以外は。








夕暮れ時、(カムラ)は路地を急いでいた。


今日の仕事は予定より時間がかかった。情報収集に手間取ったのだ。個人的にスラム街の子供の増減が気になっていたから深掘りしたのもある…大地(ダイチ)が天成楼で事件に巻き込まれたのはまだそこそこ記憶に新しい。

(マオ)が助けてくれたはいいものの──というか(マオ)が口を滑らせたのも一因だけれど──何が起こるかわからない。それはそれとしてあの男、先日【宵城】の手伝いなどとのたまって勝手に大地(ダイチ)をキャストとして使ったりしていたな。


────‘(ソラ)’のブロマイド?山ほどあるぜ。印刷するだけだからな。…は?原本寄越せ?だったら(カムラ)、お前も出すモン出してくんねぇとなぁ?


(マオ)科白(せりふ)と悪魔じみた笑い声が(カムラ)の脳内に(よみがえ)る。まったく、やめてもろて、ウチの弟は可愛いんやぞ。ファンがついたらまた狙われてまうやないか…ブラコンは家へと向かう早足を駆け足にチェンジした。


スラムで子供が増えているのは、口減らしのために外から九龍城砦へ棄てにくる奴らがいるからだ。主に小金が欲しい場合だが、人身売買はもちろん違法なので、マフィアは客に幾ばくかの銭を貸す(・・)。貸してもらった人間は子供を治外法権の九龍(ここ)へこっそり置いてくる。それをマフィアは拾う(・・)。売買成立。


1回九龍を挟む事で現場を直接押さえられないようにしている。金は貸しただけ、子供は迷子になっただけ、砦内にガサは入らない。

回りくどい方法を取らざるを得なくなったのは、少し前から中国当局が人身売買の取り締まりに力を入れだした為。売買(それ)生業(なりわい)としている者は対策としてワンクッションに九龍を利用する。

とはいえ警察も本腰を入れてはおらず、所謂(いわゆる) ‘取り締まり強化月間’ みたいなもの。数ヶ月もすれば裏社会は通常運転。

この手口も一過性のブーム、たまにこうした新手のやり方がにわかに流行る。流行りはそのうちに廃れるので、こういう場合は傍観者を決め込むに限る。特に首を突っ込む理由も無い。


ま、どこん奴らかは知らんが上手いことやっとるよな。関わらんとこ。過ぎ去るのを静かに待つんが賢いねん。思いながら(カムラ)は自宅の扉を開いた。


「ただいまー…ん?」


キッチンのテーブルには、曲奇(クッキー)をつまむ大地(ダイチ)。お茶の良い香り。そして、その隣には知らない少女。

ハムハムと菓子を頬張りながらおかえりと言う大地(ダイチ)(カムラ)は疑問を投げる。


「友達なん?」


それを聞いた少女は小さく頭を下げ、(カムラ)もいらっしゃいと返した。


「うん!今日から泊めて!」


大地(ダイチ)は頷き元気な声を出す。


今日から。…から(・・)?今日()、ではなく?

から、というなら明日以降もということだ。何日泊まるんだ?親は了解済みなのか?と、一瞬、(レン)(カムラ)の頭をよぎる。


───これはまさか、家が無いのでは。


「良ぉない事情あるんとちゃうやろな」


笑顔で固まる大地(ダイチ)


「えっとぉ…聞いてくれる?」


えへへと顔色をうかがうような大地(ダイチ)の笑い方に、(カムラ)は既に胃痛がしていた。

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