売上金とスクーター
十悪五逆５
撃たれた。
と東は思ったが、どこも痛くない。
おそるおそる上半身を起こすと、男達のうち２人は頭部から血を流して倒れていて残る１人はちょうど樹がハイキックで地面に沈めたところだった。
「間に合ったね」
拳銃を片手に、路地の向こうから歩いてきた燈瑩が笑う。どうやらさっきの銃声は燈瑩が２人分の頭を撃ち抜いたものだったようだ。
「樹！！燈瑩！！」
「怪我ない？」
半泣きの東に樹が手を差し伸べる。
ハイキックを食らった男が起き上がろうと蠢いたので、燈瑩はすぐさまその足首に銃弾を撃ち込んだ。悲鳴をあげながら路地を転がる男へにこやかに話しかける。
「悪いね、聞きたい事があるからさ」
「足止めのしかたが容赦ねぇな」
立ち上がりつつ言う東に樹が肩をすくめた。
「しょうがないよ。さっき普通にやろうとしたら、ケチャップになっちゃったから」
「ケチャップ？」
樹がケチャップの話をしている間、燈瑩は男に先程入手した携帯の電話帳を見せて質問する。
まだ生きているメンバーは誰か？この他にもいるのか？どんな容貌か？集まる場所はどこか？
ひと通り情報を聞いて、燈瑩は男に軽く礼を言い、パンッと一発撃ってその頭をふっ飛ばした。
男が死ぬ間際、えっ？口を割ったのに？という表情をした気がしたが、無意味な疑問である。
割ろうが割るまいが死ぬのだ。見逃してやるなんて甘い世界線もどこかにあるのだろうが、ここは東洋の魔窟、悪名高い九龍なんだから。
「ていうか、こいつらもすげぇ早かったけど樹たちもすげぇ早かったな…近くに居たの？」
「全然。アレ乗ってきた」
東の問いに樹が近くの建物の屋上を指差す。
そこには、柵に引っかかり半分宙ぶらりんになった小型のスクーターが見えた。
「え？アレで屋上渡ってきたの？」
「うん。走っても間に合わないと思って。燈瑩運転上手かったよ」
屋上をカッ飛ばす原付き２人乗り。運転がどうとかいう問題以前に、破茶滅茶もいいところである。
でもとにかく助かったのは事実なので、もうこの際何だっていい。東は誰かはわからないスクーターの持ち主に心から感謝した。
「あとでバイク屋さんにお金払いに行かなきゃ。【東風】のレジから出しとくね」
事も無げに言う樹。
いや普通に売り物かよ。いいけど、助かったから。いいけど…。東はこれでフイになった今月の売上のことを思い、黙ってそっと天を仰いだ。
その後、３人は野次馬が集まる前に退散し【宵城】に転がり込む。猫にものすごく怪訝な顔をされたけれど、訳を話して樹と燈瑩は茶を出してもらった。
東は殴られた。
残りのメンバーのことや諸々の処理は、燈瑩が仕事仲間に頼んで対処してくれるようだ。これでこの件に関しては東の命も安泰だろう。
猫の部屋でみんなで麻雀をして一夜を明かし、翌朝帰路につく際東が捨てられた仔犬のような目をするので、樹は東と【東風】に帰ってやることにした。
「樹、月餅があるからでしょ」
「なんでわかったの？」
燈瑩の言葉にキョトンとする樹。
東は、いいんだよ、月餅が理由だっていいんだよ、どうあれ一緒に来てくれるんだからと独りごちた。
「燈瑩、またね」
「ん。近いうち【東風】行くよ」
そう言って微笑む燈瑩。樹は手を振り、九龍の街に消えていくその背中を見送った。
「燈瑩、良い人だったね」
「良、い…人…？そうね、まぁ良い人…かな…」
東は歯切れの悪い返事をしたが、樹は気にせずに、今度会ったらお気に入りのお菓子をわけてあげようと思った。
