表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
往事渺茫
119/492

羊とはぐれ者

往事渺茫 2






(アズマ)…またそんなの見つけてきたの…?」


頭上から降ってきた声に、木陰で地べたに座っていた(アズマ)は上へと首を反らせた。


「おう、(トキ)も読むか?」


その視線の先、(トキ)と呼ばれた黒縁メガネの少年は眉根を寄せて(アズマ)の横に腰を下ろす。

赤茶けた髪に少し明るい瞳の色。どこか外国の血が混じっている。


(アズマ)の手には全裸でセクシーなポーズをした女性達がイロドリミドリの雑誌。ゴミ山からでも漁ってきたのだろう。しかも、1冊ではなく何冊も。


(トキ)は小さくため息をつく。


「村長に、今日は畑仕事の手伝いしなさいって言われたじゃん」

「やってられませぇん。面倒だもん」


べぇっと舌を出して(アズマ)が笑い、(トキ)もつられてクスリとした。


はぐれ者の村───ここはそんな呼ばれ方をしているらしい。

それもそのはず、集まっているのはもと居た場所に居られなくなったり家族をなくしたりで、寄る辺のない人間ばかりだったからだ。


(アズマ)(トキ)も親の顔は知らない、多分もう死んでいる。気づいた頃には(アズマ)は独りで各地を転々としていたし、(トキ)はこの村に捨てられていた。

(アズマ)とて苦労がなかったわけでは勿論ない。けれど特に(トキ)は、アジア人離れしているその見た目から余計に嫌な思いもしたようだ。


だが(トキ)はひねくれたりすることもせず、真面目で謙虚で、優しい少年だった。


(おまえ)は偉いよな、毎日ちゃんと勉強してさ」

「偉くないよ…他に出来ることないから…」


(トキ)は言いながらガリガリとスケッチブックに何かを描きつけている。(アズマ)が覗き込むと、そこには皮をツルンと剥かれた羊の絵があった。上手いがグロい。


「なにこれ怖っ…」

「え、羊だよ」

「いやそれはわかる」

「このツルンって剝ける時の感触がね」

「お、おう…」


ニコニコしながら羊の解体手順を説明する(トキ)(アズマ)は苦笑いを浮かべる。



この小さな集落では仕事のほとんどが農業。みんな畑をイジったり家畜を育てたりして暮らしている。

(トキ)が住んでいる家は羊を飼っていて、仕事は毛を刈ったり皮を剥いだり肉を売ったり。


一方(アズマ)は村長ともいえる人間のもとで寝食していた。作物づくりを手伝わないことを怒られてばかりだが、(アズマ)は常にどこかから稼いできた小金を生活費としてキチンと家に持ってきていたので、そこまで文句を言われることもなかった。


(アズマ)、いつもどうやってお金稼いでるの?」

「えー?こういうの売ったり」


その質問に、(アズマ)は手に持ったエロ本を振る。(トキ)が顔を赤くした。


「あとは博打。イカサマだけど」


(アズマ)は手先と口先がやたら器用だった。生まれ持ったものにくわえて、生きていく為に日々磨かれる処世術。子供ながらにしてその才を遺憾無く発揮し、暇さえあれば賭場へと出掛けて荒稼ぎをする日々。

ついでにゴミ山から集めたものも売り(さば)く。ピンクな物はよく売れる、このエロ本が良い例。


「すごいね…度胸あるっていうか…。僕には絶対出来ないもん」

「そう?俺は(トキ)の方がすげーと思うけど」


(アズマ)が首を(かし)げつつ煙草に火を点けると、あっ駄目!身体に悪いよ!と(トキ)はしかめっ面をした。(トキ)が目指しているのは医者だからだ。


へいへいごめんなさいと気のない返事をして、(アズマ)は一応すぐに消す素振りを見せる。

健康について口うるさく言われはするが、(アズマ)(トキ)を素直に尊敬していた。

医者になろうだなんて、そんな夢を持つ人間はこの村には居なかったから。


「ても(おまえ)、絵ぇ好きなんだから画家になったらいいのに…すげぇ上手いし…」

「絵なんて売れるかわからないもん。医者になればたくさんお金も稼げるから、村のみんなに楽させてあげられるし」


現実的な回答をする(トキ)に才能がもったいねーと(アズマ)が言うと、才能をイカサマばっかりに使ってる奴に言われたくないと反撃され2人で腹を抱えて笑った。



村には何もなかった。けれど十分な生活だと(アズマ)は思っていた。

人々は助け合って生きていて、(いさか)いなども(たま)にはあるがそれなりに温かな暮らしだった。


賭博や市場で稼いだ金で、コソコソと薬草や薬学の本を買って読むのが(アズマ)の密かな趣味。

(トキ)が医者になった際に自分が薬師だったら楽しいかも知れない。そんな空想をして。


血の繋がりは無い、故郷だって違う。だが、村人達は‘同胞’。そう呼べる仲間だった。





──────仲間、だった(・・・)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ