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九龍懐古  作者: カロン
好耐以前 昔話
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武器屋と城主

武器屋と城主






「なんだお前、切ったのか」


昼日中(ひるひなか)、九龍城裏路地。(マオ)は見馴れない後ろ姿に声を掛けた。本人かどうか若干自信が無く、違っても別にいいかとも思ってはいたが、振り向いた顔は予想通り───燈瑩(トウエイ)


「あれ、なんで(マオ)こんなとこにいるの」

「【宵城(ウチ)】の女に配る菓子買いに来た。新しい店出来ただろ」

「あの熊猫曲奇(パンダクッキー)屋?」

「よく知らねぇけどオススメパックみてぇの買ったわ」


言って、(マオ)は手に持っていた福袋をガサッと掲げる。そこには店舗名と共になんだか妙にリアルな感じのパンダが印刷されていた。


(マオ)燈瑩(トウエイ)の髪に視線をうつす。


「こざっぱりしたじゃねーか」

「ん?うん、変じゃないかな」

「別に。つうか燈瑩(おめぇ)こそ何してんだ」

「何もしてないよ、今日暇だしウロウロしてるだけ」

「…あっそ。じゃあ1杯付き合えよ」

「昼間っから?」

「いつもだろ」


今さらな事を聞くなといった表情をする(マオ)に微笑む燈瑩(トウエイ)。1杯、と言いながら何軒かハシゴ。社公街、大井街、龍津路。目的もなく適当な飲み屋を回った。

行きつけの店、行ったことのない店。話しても話さなくてもいいようなことを話し、食べても食べなくてもいいようなものを食べる。



天后一巷の建物、上階崩れたってよ。雨漏り酷かったよね。1階(した)雲呑(ワンタン)屋のバアさん引っ越したらしい。あの人麻雀強かったなぁ。靚女(おねーさん)、景徳鎮の15年頼むわ!瓶で!マジか。あ?25年が良かったか?そうじゃないよ。西城路でチンピラが揉めて何人か死んだみてぇ。シマの取り合い?薬?いや、コレ(・・)。え、女関係?まぁキッカケ欲しかったんじゃねぇの、前から仲悪かったからな。あれっ、北京片皮鴨(ペキンダック)きたけど。頼んだ。食えよ。いや丸々1羽は無理でしょ。



結局夕方頃までフラフラと呑み歩き、帰り着いた花街近くでたまたま目にとまった建物の屋上にあがり酔いをさました。


暮れていく街並み。夕陽が景色を染める。


(マオ)、そろそろ【宵城(みせ)】開ける準備しないとじゃない」

「あー…燈瑩(おまえ)飲み来いよ、暇なんだろ」

「ほんとに言ってる?」


まだ呑むのかと呆れつつも、別にいいけどと燈瑩(トウエイ)は答える。魔窟を照らす太陽は違法建築の向こうへと沈み、華やかなネオンがそこかしこでキラキラ輝きはじめた。

九龍を夜が包む。(ぬる)い風が(マオ)の長い髪を揺らすのをなんとなく眺めていた燈瑩(トウエイ)の目の前で、(マオ)(ふところ)から小刀を取り出し、前触れもなくサクッとそのポニーテールを落とした。


「え、嘘」

「邪魔だろ。俺はお前と違って特に理由もねぇしな」

「無いってことも無いよね」

「ねぇよ。いいから行くぞ、テメェの為のドンペリP3がある」


唖然としていた燈瑩(トウエイ)だが、(マオ)の台詞に破顔。


「‘巻き上げる’為でしょそれ」

「ツケにしといてやるよ。(アズマ)のな」


(マオ)はニヤリと笑うと手の中の髪を(くう)に撒く。金糸はフワッと散らばり、一瞬光って、それから溶けるように闇へ消えていった。




今夜もまた月が登る。花街の喧騒は相も変わらず、混沌の城塞を華やかに彩っていた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





後日、【東風】店内。


「あら、(マオ)髪切ったのね」

「そーそー。イケてんだろ」

燈瑩(トウエイ)も切ってなかったっけ」

「切った。つうか眼鏡(おまえ)、そろそろためてる飲み代払えよ」

「やだぁ唐突…」

「結構待ってやっただろが。おら、請求書」

「準備良───え?桁増えてない?増えてるよね!?」

「飲んだんじゃねぇの」

「誰が!?」

「誰か。それ期限明日までな」

「理不尽!!!!」

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