新装開店とブロマイド
旧雨今雨15
「師範!いらっしゃいませぇ!」
蓮の声が九龍城の一角に響く。
漂ういい香り、カチャカチャと聞こえる食器の音、人々の談笑。蓮は元従業員達と共に、花街付近で食肆を開いていた。
昼食がてら調子を見に来た【東風】の面々。猫が中を覗いて笑う。
「繁盛してんじゃねぇか」
「はいっ、お陰様で師範に出資してもらったお金もすぐ返せそうです!」
頭を下げる蓮と、そうなんだという顔をする樹。上にニヤニヤされて猫は険しい表情で目元を押さえた。
あの晩提案したある事とは、【宵城】の事業の一環として九龍城砦で飲食店を経営したいので手伝って欲しい。蓮を店長に据え、今度は水商売ではなく普通の食肆はどうか?という話だった。蓮はもちろん二つ返事でオーケー、女性スタッフ達も快く了解してくれお店は晴れてオープン。客足も好調だ。
ちなみに食肆の店舗には【獣幇】から戴いた内のひとつを使用。ふたつともバーにしておくよりご飯処も作ったら間口も広がるのではないかとの考えだったが、これがなかなか功を奏していた。
そして内部の改装や従業員の住まい、最初の給料など初期費用の部分を猫は蓮に貸しており、特にそのことについて公表してはいなかったけれど。
「ぁんで余計な事ばっか言うんだ蓮は…」
「優しいやん、猫様」
「黙れ平安饅頭」
「祭りやないか」
「平安饅頭美味しいよね」
「そこ乗るんか、樹」
軽口を叩き合いながら席につく。メニューを眺めていると、寺子屋が終わった大地が燈瑩を連れてやってきた。テーブルに用意された5人分のお茶を見て大地は不思議そうな顔をする。
「足りなくない?東来ないの?」
「もう来てる」
樹は厨房を指差した。その先には、中華鍋をブンブン振って炒飯を作っている東。店が軌道に乗り新たな廚師を雇えるまで手を貸してやるようだ。
「え、ウケる!お手伝いさんだ!」
その大地の言葉に、猫があぁそういやと懐から写真を出した。
「饅頭こいつ買い取れよ」
「ん?…ん!?え、なんなんこれ!?」
【宵城】で撮った猫と大地──改め空──のツーショットに、上が面白いくらい予想通りの反応を見せる。
「これもお手伝いだよお手伝い。お店のな」
「絶っっ対そんな可愛い話ちゃうやろ!!」
「うーるっせぇな、ホントだよ。なぁ大地?」
ケタケタ笑う猫に大地は頷き、上に手のひらを向けた。
「チェキは1枚100香港ドルですっ」
「エグいな!?」
絶妙に高い金額設定。メイドカフェではなくキャバクラなのだから妥当か?行った事ないけどメイドカフェ…キャバクラでブロマイド売るのだって前代未聞…いや、でもキャストの写真入りのオリジナルライターとかシャンパンはあるよな。真面目に考えながら大地の手のひらを見詰める上。
哥は?と大地は燈瑩を振り返り、燈瑩は何枚あるのと枚数を訊ねた。
「待って、燈瑩さん買うんすか」
「大地のお願いだしね」
「わーい哥優しい!」
「せやったら俺が買うから!!全部!!」
財布を出しかける燈瑩に上の負けん気が発動する。兄としてそこは譲れない───何が譲れないのかは本人にもよくわかっていないが。上の1000香港ドル札は10枚のブロマイドに変わった。
「皆さん、ご注文は何にしましゅか!!」
元気よくオーダーを取りにきた蓮が元気よく噛む。
「値段が高ぇやつ上から10個持ってこい。金ならある」
「あるっ!」
猫が言うと大地は今しがた手に入れた金をピッと掲げた。
「それ使うんかい…ちゅうか足りひんのんとちゃう…?」
「残りは俺払うからいいよ」
上の肩を叩き燈瑩が笑う。樹が‘あとデザート全部ちょうだい’と追加注文、ピシッと敬礼のポーズをし意気揚々と厨房へ戻っていく吉娃娃。
跳ねるようにステップを踏むその後ろ姿に、ありはしないはずの尻尾がブンブン振られているのを、全員が見たような気がした。




