仲間と昇格・前
旧雨今雨13
降ってきた人影は下にいたチンピラに着地。ガラス片を被ってオタオタしている隣の１人も蹴り倒し、一瞬で東の目の前まで詰め寄るとパーカーを握っていた男の顔面に膝を叩き込んだ。頭を掴んでグイッとあらぬ方向に回す。ゴキンと鈍い音が響いた。
「お待たせ、ガラス当たった？」
声の主はもちろん、樹。東は地に伏せたままフルフルと首を振る。
樹は男達を見やりパパッと数を数え、ん？と不満そうな顔をした。
「東、全然倒してくれてなくない」
「努力はしたんですけどね」
遠い目をする東。まぁいいやと首をコキコキ鳴らす樹にナイフを構えた男が舌打ち。
「チッ…仲間か…」
「え？仲間じゃないよ」
即答。
東はションボリと樹の背中を見る。‘知り合い’から脱却できるのいつなんだろう…１番新参の蓮でさえ‘友達’のはずなのに…。
しかし、樹は続けて口を開いた。
「家族」
その返事が東に届くのと男がナイフを樹に放るの、そして樹が地面を蹴るのはほぼ同時だった。
ナイフを躱しコンマ数秒で男の眼前に迫った樹は腹に一発お見舞いすると、身体を曲げた男の首に足をかけ思い切り体重を乗せる。再びゴキッと鈍い音。次は横からナイフを振りかぶってきた男の腕を取り、クイッと捻って胸に刃先をお返し。
その男を盾にして別の１人の斬撃を防御、盾を向こう側へ押しやると斬撃を繰り出した男は下敷きになって尻もちをつく。続けざまに背後から襲ってきた敵に足払いをかけ転倒させると喉元を踏み抜いた。
下敷きになった男が這い出てこようとした所に側頭部への右ローキック、２発目も叩き込むと男は沈黙。
ついで正面から斬りかかってくる男の刃物をバク転で回避しがてら、爪先で顎を蹴り上げる。そいつが崩れ落ちるよりも早く樹は再び宙を舞い、後ろにいたもう１人の首元に脚を絡め身体を捩じって投げ飛ばした。
ふと気配を感じた樹が振り返った瞬間、死角から飛来していたナイフが目に入る。が、それを阻止するように真横から飛んできた別の１本と空中でぶつかり両方とも下へ落ちてカラカラと転がった。
樹は放たれた先を見る。一方は奥にいる男、もう一方は────東だ。
「え、すご」
「ブルマスターなんで」
驚く樹に東が指でハートを作る。ウザい。
けどそういえば東、ダーツ上手いんだった。ビリヤードもな気がするな、あれ？ビリヤードは燈瑩のほうが上手かったっけ？
考え込む樹に丸腰になった男が殴りかかる。目線を向けもせず軽い動作でそれを避けた樹はスッと背後に回り膝裏を蹴りつけた。よろけて体勢を低くした男の脳天に踵落とし、一撃で沈める。
残りは１人。男がめちゃくちゃに振り回すナイフの隙間をぬって鋭いハイキックをきめると、もうその場に立っている人間は樹のみだった。これでミッションコンプリート…ではない。まだ仕上げが残っている。
樹は全員の状態を確認すると息のある者の首をポキポキと折って回った。
淡々とした動きが怖い…東は固唾を呑んで、静かにそれを見守る。いやそれよりも───東の視界が滲んだ。
「帰るよ、東」
仕事を終えた樹が東に手を伸ばす。東は目元を拭ってからその手を取った。
「え、泣いてるの？東もどっか折れたの？」
「折れてない…治った…」
樹は既に自分が言った台詞を忘れている。そもそも何の気無しに口をついた一言、ものすごく重大というわけではない。なので東が瞳を潤ませる理由がよくわからなかったが、なんだかハチャメチャに嬉しそうなその顔に、とりあえず‘良かったね’と答えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
九龍灣を出て半時間ばかり進んだところで猫達は停船する。すぐに皇家の船へと無線、応答した男へ猫はことさら不機嫌そうにボヤいてみせた。
「エンジントラブルみてぇだ。先に行っててくれ、航路はわかった。すぐに追い付く」
皇家は了解し、２隻の距離はあいていく。
それから10分足らず。悠々と南シナ海を往く皇家の船を─────無数のまばゆい光が照らした。
