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九龍懐古  作者: カロン
旧雨今雨・下
107/492

姫様とお買い物

旧雨今雨8






「で、あん時親父(オヤジ)が言ってた‘最近剣を習いに来る子’ってのが(レン)だったっつう訳。全然知らなかったけどな俺は」


ポポッと煙を吐き出し笑う(マオ)大地(ダイチ)がウツラウツラとしながら相槌を打つ。


(マオ)、大変だったんだね…」

「別に大変じゃねぇよ。そんなもんだろ」


(イツキ)しかり(アズマ)しかり燈瑩(トウエイ)しかり、それぞれそれなりの過去はある。誰が特別どうということはない。

そう思って()の無い返事をする(マオ)の指を、ブランケットからモゾモゾと手を出した大地(ダイチ)が握り呟く。


「でもさ…今はみんながいるもんね…」


その言葉に(マオ)は軽く目を見開き、微笑んで、そうだなと言った。(カムラ)が居たらまた‘そんな顔で笑ったりするのか’などと驚いたことだろう。

窓の外では月がもうかなり高い位置まで昇っている。(マオ)はどことなく懐かしく感じてそれを見詰め、少し経って大地(ダイチ)に視線を戻した。


「おら、そろそろ寝──…ん?寝てんのか」


大地(ダイチ)はいつの間にかスヤスヤと寝息をたてている。起こさないように手を離し、(マオ)は腰を上げると部屋の明かりをそっと落とした。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






幾日かが過ぎ。調べていくうちに、どうやら12Kの下っ端と(レン)を襲撃してきた連中は関係が無さそうだという見解に行き着く。澳門(マカオ)から来てはいるものの、金の臭いを嗅ぎつけた只のチンピラ集団といった風体。


代わりに別の事実がチラリと見え隠れした。


このグループ、人身売買で稼ぎを得ているようだが、以前【天狼】に同業がやられたとボヤいているらしい。


(カズラ)んとこと似たようなもんかもせんな」


お昼時の【東風】、(レン)の作った蝦子撈麺(エビやきそば)を皆で囲む中、(カムラ)が険しい表情で呟く。


(カズラ)…?」

「ちょぉ前に色々あってん。今度話すわ」


不思議そうな顔で大皿の魚香茄子(マーボーなす)を取り分ける(レン)に、(カムラ)はすまんなと笑いかけた。


あの時(カズラ)のグループは全滅したが、繋がりのある半グレ達は他にも居るはず。最後の大規模な人(さら)い──寸手で阻止されたが──の船の行き先は澳門(マカオ)だった。とあらば、繋がりがある人間が澳門(マカオ)にまだ残っていても何の不思議もない。


【天狼】にやられた、澳門(マカオ)に関連する人身売買組織。そんなの数多くはないだろう。


「最近九龍(こっち)で儲け話あるゆうの聞いて、なんやタカリにきてんやろ…うっざいわ…」


料理を箸でつつきまた険しい表情をする(カムラ)を見て、(イツキ)燈瑩(トウエイ)の耳元に口を寄せた。


(カムラ)が怒ってるのあんまみないよね」

「ん?そうね、(カズラ)君の事があるし…俺も斬られたからかな」


燈瑩(トウエイ)が小声で返す。


(カズラ)を助けられなかったこと、燈瑩(トウエイ)にもちょっかいを出されたこと。色々なことが胸の中で渦を巻き、(カムラ)は苛立っていた。


「でも、なんで(レン)狙ったのかな」

(レン)のポジションが欲しいんやろ」


(イツキ)の問いに(カムラ)はため息をつく。


はたから見れば(レン)皇家(ロイヤル)と【宵城】に上手く取り入っている美味しい立ち位置。

実の所、皇家(ロイヤル)には従業員をとられ【宵城】とは同郷であるというだけの話で、儲けなどひとつも出ていないのだが。


「集まってる場所とかは?」

「この前揉めた時アジト変えとるみたいでな。やからまだ情報足りひんけど、すぐわかるやろ。手口とか見とると賢い(・・)奴らみたいやし」


(アズマ)の言葉に皮肉めいた口調で返す(カムラ)


「もうちょい時間くれや。必ず、突き止めたるから」


言い切る(カムラ)の瞳で静かに焔が揺れている。その熱のこもった視線に、全員黙って頷いた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「…って感じなんだけど」


【宵城】、(マオ)の自室。(イツキ)菠蘿包(パイナップルパン)をかじりながら事の経過を説明した。電話でも良かったのだが、(カムラ)大地(ダイチ)のことを気にしていたし様子見がてら顔を出したのである。

もしも(レン)を襲撃してきた奴らが目を光らせていたとしても、(イツキ)は裏道や屋上をすり抜け外壁を登ってこっそり部屋まで来ている。特に問題はないだろう。


先ほどの話し合いには続きがあった。相手のアジトが判明した場合、可及的速やかに排除(・・)するという方向性で意見が(まと)まったのだ。

こっちは既に──向こうが()りに来たからではあるが──2人()ってしまっている。そうでなくとも(レン)はこれからも狙われるだろうし【東風】や【宵城】にもきっと飛び火する。

このグループはバックに大組織がついているというわけでもなさそうなので全滅させてしまえばそこでおしまい、後腐れ無し。

それになにより(カムラ)がめずらしく怒っていた。


「いいんじゃねぇの。任せるわ」

(マオ)のほうは?」

「ちょうど皇家(ロイヤル)から連絡きたよ、【宵城(ウチ)】に飲みに来たいってな。飞蛾投火ってやつ」


(マオ)の言葉に、何か策があるのかと(イツキ)は訊ねる。下っ端でも12Kの息がかかったグループと揉め事を起こしたくはないはず…一体どうする気なんだ?


パイプの煙を吐いて笑う(マオ)


「パクらせちまえばいいだろ、警察(サツ)によ」


九龍城砦から出れば法律が及ぶ。人身売買や売春で地域外へと商品を運ぶのなら、そこを国家権力に押さえさせればいい。わざわざ外へ行くなら女に限らずその他のよろしくない物もいくらか持ってでるだろう、令状に困ることは無い。


マフィアには迂闊(うかつ)に手を出しづらいといっても、一般市民の支持を得る為に警察だってたまには手柄が欲しいのだ。下っ端といえど12K、12Kといえど下っ端の皇家(ロイヤル)の奴らはまさに手頃な悪党。12Kは‘そんな連中は自分達に関係ない’と言えるし、それでも警察は‘大手マフィアの一角を逮捕した’と言えて、()つそこまで波風はたたない。


そして警察に捕まってしまったのであれば、もうそれは誰のせいでもない(・・・・・・・・)。単なる不運、もしくは本人たちのヘマ。恨む相手は警察。花街の人間もマフィアも半グレも誰も目の(かたき)にされず、めでたしめでたし。


しかしそれには確実なソースが()る。


いつ、どこで、どんな悪事を働くか。信憑性のある情報をリーク出来なければ警察だって動かない。

内容のメインは国際的な人身売買で、出発は九龍灣。


問題は、何時(いつ)と目的地。

この情報を手に入れる為には。


「‘お買い物’に参加するってこと?」

「お?わかってんなぁ大地(ダイチ)


ワクワクした表情をする大地(ダイチ)(マオ)は口角を上げた。


一枚噛むのだ、【宵城】も。噛ませてもらえるように持っていく。

まだあと数回はどこかに売りに行くだろう、だが、出来ればもう次の売買でキメたい。


「とっととやらねぇとな、善は急げ(・・・・)だ。つーことで」


(マオ)大地(ダイチ)を見やりシシッと笑った。


「出番だぜ、姫様?」

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