メソメソとモフモフ
旧雨今雨６
夕飯の買い出しを終え【東風】に戻ろうとしていた蓮は、薄暗い路地を急ぎ足で進む。
蓮と東の作る料理は評判で、上や燈瑩も毎回【東風】に来る度に美味しそうに食べていってくれる。今日もご馳走を振る舞うのだ、そう意気込む吉娃娃は上機嫌。
だいぶ買い物に時間がかかってしまったな…皆が集まるというので気合を入れ過ぎた。蓮は近道をするため普段通らないルートを選択、が、いくらか進んだところでふと立ち止まる。
両手に食材でいっぱいの袋を持ったままクルリと周囲を見渡した。
なにか、変な感じがする。
誰かに追い掛けられているような、尾けられているような…。早めに大通りに出ようと、小走りを始めた。その時───
目の前に男が現れ刃物を蓮へと向けた。
突然の出来事に固まる蓮。え？何で、刺すの、誰を、僕を？考える間もなく刀身は暗闇に光り首元を狙った。
蓮は咄嗟に買い物袋を持った手を顔の前に翳す。ナイフを受けた袋が真っ二つになり中身がバラバラと落下、後ずさるも足元がおぼつかずよろけて体勢を崩してしまう。男の２撃目が繰り出された。
───避けられない、殺られる。
蓮が瞳を閉じると銃声が響いた。そして、ドサッとなにかが地面に落ちる音。恐る恐る瞼を開くと、目の前で倒れ込んでいる先程の男。額からはドクドクと血が流れている。
「蓮君！」
名前を呼ぶ声に蓮が振り返れば、足早に近付いてくる燈瑩が視界に入る。そこで銃声は燈瑩が男を撃ち抜いたものだとわかった。
しかし蓮の背後からもう１人、別の男が姿を現す。燈瑩が銃を上げるも蓮の立ち位置が悪く射線が通らない。それを見た蓮が慌てて身体を屈めたので燈瑩はすかさず発砲、その銃弾は男の肩口を捉えたが、動きを完全に止めるまでには至らず男はまだナイフを振りかぶっていた。
燈瑩は蓮に追い付き服を掴むと自分の後ろ側へと思い切り引っ張る。瞬間、振り下ろされる男の腕。
地面に飛び散る鮮血。
わずかも退かずに男の顎へと銃口を押し当てた燈瑩の指先が動く。乾いた発砲音がして、男は頭から色々なモノをたれ流しながら路上に転がった。
「───蓮君、大丈夫？」
言って、へたり込む蓮に手を伸ばす燈瑩のシャツは裂け、傷口から溢れる血で真っ赤に染まっている。
「燈瑩さん…それ…」
「たいしたことないから。とりあえず、ここ離れよっか」
路地を抜けいくらか歩いて、もともと落ち合う予定だった樹と合流。すぐに上もやってきた。２人とも燈瑩の胸元に視線をやり目を丸くする。
「え？何それどうしたの？」
「めっちゃ血ぃ出よるやないですかうわ待ってちょ何これどないしたら」
「樹ちょっと肩貸して、上は落ち着いて」
樹の肩を借りつつ、オタオタする上をなだめる燈瑩。今にも泣きそうな蓮を引き連れ一同は【東風】へ向かう。
相変わらず電球の切れかかっている看板、扉を開けるとカウンターの奥の東が眉を上げた。
「ごめん、斬られた」
「…なんだそりゃ…」
燈瑩が笑って言うと東は解せないといった顔で近寄ってくる。
「なに、どんくらい深いの」
「んーそんなでもないかな」
質問に雑な返事をする燈瑩をベッドまで引っ張ると、怪我の程度を見る東。蓮と樹も傍に腰をおろす。上はソワソワと部屋をウロついていた。
「まぁ確かに見た目ほど派手じゃねぇな」
「ちょっと縫えない東？適当でいいから」
「ちゃんと縫うっつの」
他人事のように口にする燈瑩に惘れつつも、道具を準備しはじめる東。樹が横から覗き込んだ。
「東お医者さんも出来るんだ」
「本格的なのは無理よ、無免だし。昔かじっただけ」
その返答を聞きながら、そういえば東って【黑龍】に来る前は何してたんだろうと樹は思った。話の内容から推測すると【黑龍】へ加入したのは16歳頃のはずだ、それより以前は───…と、東の‘つうかよ’という声で思考は中断される。
「誰が襲ってきたんだよ。12Ｋの下っ端じゃねぇんだろ、あいつら猫と仲良くやってるんだし」
皇家が蓮──【宵城】の関係者──とおぼしき人物を襲撃するメリットはない。燈瑩が首をひねり言う。
「全然関係ない奴らなんじゃないの？単に強盗とか、それか…まぁ…別のグループとか」
「蓮のことで澳門から来た？」
「いや…えーと、わからないけど…」
あえて濁した部分を樹にズバッと口にされ、燈瑩は苦笑いする。かたわらで俯く蓮。
「ごめんなさい…僕が…」
「こんなのよくあるから気にしないで。たまたま通りがかれて良かったよ逆に」
「撃たれたよりはマシだな。あっ、動いたらズレる！」
ポロポロと涙を流す蓮の頭を燈瑩が撫で、東が同意しつつ動くなとシャツを掴む。
「いいよズレても」
「俺が嫌なの！大人しくしなさい！」
傷口がくっついていれば構わないとついでに煙草に手を伸ばしかけた燈瑩を、メッ！と東が制した。
上はまだソワソワとしていたが、怪我の具合がそこまで酷くないとわかるとだんだん落ち着きを取り戻し、ベソをかいている蓮の肩を叩く。
「蓮、さっきの奴らん事は俺らが調べたるから。お前は皇家の方しっかり調べぇや」
「上さん…」
蓮が上の胸──というか腹──にモフンと顔を埋める。メソメソ、モフモフ。上は何となく複雑な気持ちになった。
「てか大地そろそろ下校時間だよね？平気かな」
「猫んとこ居てもらえよ。みんな【宵城】欲しがってんだから逆に安全だろ、襲撃されたりしねーと思うよ」
樹の疑問に東が片手で電話の合図をしながら答える。樹はそうだねと頷いて猫の携帯を鳴らした。
「あっ喂、猫？燈瑩縫ったから大地【宵城】に泊めて」
「いや端折り過ぎやろ」
上が電話を代わり状況を説明。猫が承諾したので大地に連絡、寺子屋が終わったら【宵城】に帰ってほしい旨を伝える。通話を終え携帯を返す上に再び樹が声を掛けた。
「上はどうするの」
「ん？俺は…別にかまへんやろ、情報屋が狙われとる訳ちゃうし。大地さえ安全なとこ置いとけたらええねん」
「俺が上と一緒に帰ろうか」
「燈瑩ケガしてんでしょ。駄目。もう全員【東風】泊まれよ今日は」
手当が済むやいなや立ち上がりかける燈瑩をベッドに引き戻し、東は蓮に表のシャッター閉めてきてと頼む。本日は店仕舞い、それから作戦会議だ。
「あのっ、僕…せめて皆さんに美味しいご飯作りましゅ…ズビッ…」
「わかったわかった、ほら鼻水拭け」
「シャッターのやり方わかる？俺も行くよ」
「樹しゃぁん…」
東は蓮にティッシュボックスを投げ、樹がその背中にポンと手を置いた。後ろで燈瑩が上にコソッと‘煙草取って’という仕草をしている。
「院内は禁煙ですよ！！」
「なんでよ、煙草関係ないでしょ傷に」
「患者は言う事きくもんだよ！！」
「煩いねこのヤブ医者は…ねぇ蓮君？」
目敏く見咎めてくる東を指差し燈瑩が笑う。そのやり取りに、蓮も涙目のまま少しだけ笑顔をみせた。
