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九龍懐古  作者: カロン
旧雨今雨・上
100/490

挨拶回りと酔っ払い

旧雨今雨5






吊り下がるシャンデリア、ベロア調のソファ、(きら)びやかな装飾。


「金かかってんな」


約束通り訪れた皇家(ロイヤル)の店内、ウィスキーの注がれたグラスの氷を回しながら(マオ)が呟く。


建物(ハコ)自体は居抜きか。綺麗なやつを選び、プラスで豪華そうな調度品をくっつける。突貫工事だが家具を並べるだけなら数日あれば出来るし、店を畳むときも簡単。

九龍城砦でこんな内装をした店はごく(まれ)、この高級感に加え女性のレベルも高いとあらば会計をフッかけられたとしても渋々払う客も多そうだ。しばらくはそれで(しの)ぎ、さすがにボッタクリ過ぎだろうと叩かれる頃には閉めて次を開ける。サイクルはかなり短期。


金儲けだけを考えるなら作戦は悪くはない…そう思いつつ紫煙をくゆらす(マオ)の横で、(レン)がペロペロと酒を舐めている。その仕草に(マオ)は、はたと気付いた。


(おまえ)、呑めねぇのか?もしかして」

「です」

「なんで水商売してんだよ」


飯作れんなら食肆(レストラン)でも行きゃ良かっただろと呆れ顔の(マオ)に、僕はそうでも全員がスキルを持ってる訳じゃないので…とりあえず(みんな)で稼げる仕事がこれだったんです…と(レン)

(みんな)とは(レン)のもとに集まった孤立無援の若者達のことだろう。(レン)自身も若いが、それでも一応まとめ役として頑張っていたようだ。ションボリと丸まる背中はまだ幼い。


「シケた(ツラ)すんな。上手くやってやっから」


そう(マオ)が小声で言うと(レン)は瞳を潤ませる。

まったく、つくづく甘いな俺も───内心でため息をついて(マオ)はこめかみに指を当てた。


と、部屋のカーテンが開き、スーツに身を包んだ序列の高そうな男が姿をあらわす。


「お口に合いました?すみません、お待たせして」


男の言葉に(マオ)片頬笑(かたほえ)み、軽くグラスを掲げて言った。


「こんないい酒出してもらったらいくらだって待てますよ…つうか、堅苦しいのはやめようぜ。仲良く(・・・)しにきたんだから」


含みのある言い回し。スーツの男は一瞬考えたが、自身もソファに座りグラスを手に取ると(マオ)干杯(かんぱい)をして口調を崩す。


「あの【宵城】の店主と(レン)が知り合いだなんてな。おかげで良い縁が出来たよ」

「九龍で後ろ盾が欲しいっつうことか?俺ぁ別に力がある訳じゃねぇぜ。仕事の手伝い(・・・・・・)は出来るかも知れねぇけど」


(マオ)は若干カマをかけてみた。まぁ、すぐ何かを喋るとは思えないが。


「後ろ盾というより、九龍一の店が協力(・・)してくれるなら心強いな」

何でも(・・・)言ってみろよ、俺もそれなりに手広くやってる。大体の事は融通きくぜ」

「女の子の紹介(・・)も?」

店で使う(・・・・)女か?」


男は黙ったが、言葉の裏を読んでいるのが見て取れる。【宵城(こいつ)】は味方なのか否か?そもそもどこまで知っている?その疑問に答えるように、(マオ)はもう一歩踏み込んだ。


毎回入れ替えて(・・・・・・・)りゃ足りなくなるよな」


かなりギリギリを攻めた台詞。部屋の空気が冷え込む。カラン、と氷が溶ける音がして、よりいっそう静寂が際立った。


男が重たそうに唇を動かす。


「あまり好ましくない、ってことか?」

「いや?いいと思うぜ俺は」


(マオ)はあっけらかんと返した。


ここまでのやりとりで、てっきり(マオ)が裏事情を握り文句をつけてくるのかと考えていた男は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

仲良くしにきたって言っただろと笑う(マオ)に、男はもう一度グラスを合わせて頷いた。


「しばらく通ってみてくれ。親交を深めるのは大切だ。金はいらない」

「払わせろよ、余ってるからな」


(マオ)の返答に声を上げて笑う男。掴みは上々。


通ってみてくれとは、今この場では全ては明かさないということ。そりゃそうだ、まだお互い、どんな人間なのかも腹の(うち)もわかっていない。

宜しくと言う男に(マオ)も宜しくと返し酒を(あお)る。隣で(レン)も同じ動作。こいつ、急アルで倒れたりしねぇか…?(マオ)はその姿を横目で眺めた。


それから他愛もない会話をし、ウィスキーの瓶を(から)にしたところで会はお開き。気が向いたら【宵城】にも遊びに来てくれと男へ伝え、(マオ)(レン)を連れ皇家(ロイヤル)を後にする。


「オロロロロ…」

「何で呑んだんだテメェは…」


路地裏にしゃがみ込んでウィスキーを吐き出す(レン)を、(マオ)は煙草を吸いながら見下ろす。だって僕もカッコつけたかったんですぅとベソをかく(レン)。あっそと面倒くさそうに答え、マオは夜空に煙を流し思考を巡らせた。


店内をザッと見たが、メインで客の相手をしているキャストは九龍で捕まえた女達、レベルは総じて高い。サポートや裏方に徹している者はもともと(レン)の店にいた娘達、まだ垢抜けておらず素朴。これならやはり需要が違いそうだ。

それに先日考えた通り、九龍で調達した人間と違い(レン)の同僚というのは澳門(マカオ)から連れてきた勝手知ったる連中、店を回すにあたり役立つスタッフ。

そうなると、最後の最後まで手放さないな。時間の猶予がまだあるということ。(ふところ)に潜り込むには充分だ。


(マオ)の服の裾を(レン)が掴む。


師範(しはぁん)…」

「あ?」

「おんぶ…」

「馬鹿か」


振り払おうと足をブンブンする(マオ)としがみつく(レン)。ズリズリと酔っ払いを引きずりながら歩く【東風】までの道のりは、果てしなく長かった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






それから(マオ)(レン)皇家(ロイヤル)へと通う日々。様々な手土産も忘れない、(アズマ)特製ハーブバッグなんかはそこそこ役に立ってくれた。持つべきものは違法薬師の友。

そうして信頼を得ていくと、段々と皇家(ロイヤル)(マオ)に他のビジネス(・・・・)の誘いをチラつかせるように。事は順調に運んでいた。



───そんなある日。

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